かたいなか

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「終わらない夏」と聞いて、大学1年生のときの夏休みを思い出す物書きです。
高校時代までの夏休みに比べて、段違いに、桁違いに、長く感じた記憶があります。
まさしく、終わらない夏休みに感じたものです。

掲示板に富士山の山小屋でのバイト募集が毎年掲載されてたものですが今思えば当時のうちに親のカネで行っておけば良かっ(略)

という前置きは置いといて、
今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近のお話です。都内某所、某病院の漢方外来では、人間に化けた稲荷狐が勤務しておって、
狐だから人間の病気に罹患しづらい、というのを良いことに、地域の健康を守っておりました。

もちろん、給料は口座振込みにて現金支給。
油揚げや稲荷寿司ではありません。
ちゃんと労働して納税して、商売繁盛。
戸籍上は、一応40代の設定です。

『受付番号55番のかた、受付番号55番のかた。
診察室5番まで、おいでください』

さて。
そんなコンコン漢方医の漢方外来には、最近、熱中症疑いの患者さんがひっきりなし!
化け猫のOLさんに、化け狸の和菓子屋さん、もちろん人間の患者も来ます。
「頭が痛い」「吐き気が酷い」「めまいがした」「先日熱中症になってから、ずっと脱力感が強い」
みんなみんな、狐の薬を頼ります。

熱中症が終わらない!
夏の大病が止まらない!
まさしく、「終わらない夏」です。

それにしたって本当に来院者が多いのです。
特に例年以上に異常なのは、観光や仕事を目的にして、「別の世界」から渡航してきた人の来院。
先日から突然一気にドカンと増えて、
この日までで、前年比の約10倍の異世界渡航者が、狐の漢方薬を求めて来院しておるのです。

受付番号55番の来院者も、そのひとりでした。

いったい何があったのでしょう?

「先日いきなり、元の世界に戻るためのゲートが、接続不良を起こしてしまったんですよ」
55番の異世界人さんが、頭を抱えて言いました。
主訴はひどい頭痛とめまい。熱中症でした。
「世界線管理局に問い合わせたら、なんでも一時的に、全部のゲートが完全不通状態らしくて」

珍しいハナシですよ。55番さん言いました。
世界間渡航の航路は全部、世界線管理局という専門家が、高度な技術とセキュリティでもって、管理・運営・取り締まりをしておるのでした。
ゲートの長期的不通や不具合など、数十年に一度、
いや、百年に一度かもしれませんでした。

「ホントに、本当に、困ったハナシです。
復旧予定が未定だそうで。」
「はぁ。そうですか」
「で、管理局から観光用パスの期間を特例で延長してもらえたので、これは良いやと思って」
「ふむ」

「それを機会に東京の観光をしておったら、このザマです。どうも私の体は、この世界の長期滞在には、向いていないのかもしれません」
「うーん……。どうでしょうね」

なるほど、観光で「こっち」の世界に来ていた異世界人が、元の世界に戻れなくなって、色々な条件が重なって体調を崩してしまったワケだ。
稲荷狐の漢方医、状況を察して考えました。

向こうに戻るゲートの修理が完了しなければ、彼等の夏はずっとずっと、終わりません。
これもまた、「終わらない夏」と言えました。

「先生。この世界の夏というのは、すごく暑くて、すごく危険で、すごく過酷なのですね」
受付番号55番の患者さん、言いました。
どうやらこの患者さんは、この世界の夏というか、日本の夏を舐めプして、観光に来たようでした。

「私からは、そうですね、何とも……」
稲荷狐の漢方医は、肯定も否定もしません。
「とりあえず、お薬出しておきますので、管理局の指示に従って、お大事になさってください」
日本の夏がすごく暑いのは、事実なのです。
日本の夏がすごく過酷なのも、事実なのです。
でも稲荷狐の漢方医は、肯定も否定もしません。
ただ、患者さんに丁度良い漢方を処方するのです。

『受付番号58番のかた、受付番号58番のかた。
診察室5番まで、おいでください』

コンコン狐の漢方医は、次の患者さんを呼びます。
その次の患者さんも異世界渡航者でしたので、
そろそろ、管理局に情報提供をした方が良いのかなと、狐の漢方医は頭の隅で、思うのです。

そこから先は、今回のお題の範囲外。
おしまい、おしまい。

8/18/2025, 9:53:09 AM