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このまま歩き続けた道に、何があるのか。とたまに不安になる。友人をなくしてからも歩くこの道に、希望などあるのか。と、考え込む夜がある。
この先、私が生きててよかったと思える瞬間などある気がしないのだ。
親友の話は、誰にもしたことが無い。両親にも、片割れの兄にも、友人達、勿論幼馴染にも。
彼らは私が雨に打たれるのを嫌いな理由を度々聞いてくる。きっとそれが私の過去に繋がることをなんとなく直感しているのだろう。けれど、話す気はなかった。話せば蓋をした気持ちが溢れてしまうからだ。

「……何してるんですか。」
「おわ!ごめん!双子の妹ちゃん!」

学校が突如休校になり、寮に戻る気もなかった私は中庭の木陰でのんびり本を読んで過ごしていた。時折吹き抜ける風が心地よく、うたた寝しそうになっていたところ。突然白髪の男が木から落ちてきたのだ。
いや、詳しくは落ちてきたと言うより引っかかって落ちる寸前で済んでいた。けれどこちらからすれば突然人が降ってきたのだから驚いてしまう。眠気なんて吹っ飛んだ。

「いやーアイツから逃げてたら間違って落ちちまって……。」

2階から大声で白髪の先輩の名前を叫ぶ声がして、ああ有名な先輩の幼馴染かと思い出す。軽音部部長のこの先輩はどうやらポンコツらしく、よく幼馴染に世話を焼かれているのを見掛けるのだ。いつもはニコイチで過ごしているが、何か嫌なことでもあったのだろうか。

「黒髪先輩嫌になったんですか?」
「黒髪先輩ってアイツのことか?別に嫌になったわけじゃないぜ。ただ、最近俺の世話がアイツのストレスになってたことに気付かされてさ。ちょっと離れてた方がいいかなって思って逃げただけ。」

よっと腹筋で体制を整えて私の隣に降りてくる。俺別にアイツを困らせたいわけじゃないんだけどなぁ。と困ったような顔をする先輩に、そういうとこじゃないですかね。という言葉は飲み込んだ。ちゃんと訳を話してから離れればいいのに。

「双子の妹ちゃんはこんなとこで何してんだ?今日三年は休校なんだろ?」
「本でも読もうかなって思ってたら先輩が落ちてきました。」

そりゃあ悪いことしたな。と先輩は笑い出す。笑い事ではないんだけどなと思いながら見つめていると、いいこと思いついた!と顔を輝かせて先輩は私の手を掴んだ。

「学食奢るぜ!飯まだだろ!?」
「え、いやいいです。大丈夫です。」
「遠慮すんなって!絶対うまいやつ奢る!シェフ限定のヤツ買いに行こうぜ!」

遠慮します!と叫んでいる私をお構い無しに先輩は走り出す。今までそこまでの関わりもなかったのに何故。と先輩のコミュ力の高さに怯えながら、未だワクワクしたような表情のままの彼に疑問を抱いた。

「なんでそんなに笑ってるんですか?」

突然の私の疑問に先輩は少し考える素振りをして、それから唸った。なんでと聞かれると分からないらしい。タッタッタッと廊下を走る二人分の足音だけが辺りに響いていた。

随分と走らされてやっと着いた食堂で、乱れ切った息を整えていると、先輩はくるりとこちらに身体を向けて私のことを見つめ始める。この先輩さっきから変なことしかしないな。と若干諦めていると、

「お前と話せて楽しいからだな!」

と笑い声を上げた。はぁ?と声が漏れたのは失礼だと思うが、許して欲しい。

「色んな人と会って、話して、一緒に色んなこと経験すると視野が広がるだろ?そしたら、未来に向けた道が広がる!って父ちゃんが昔から俺に言うんだ。だから俺はあんま話したことない人と話すのは楽しく感じるし、面白い!」

拍子抜けする言葉だ。今までの私があってきた人達とは全く違う考え方。純粋に人と関わるタイプの人間。
眩しいな。と目を細めた。

「私が変なことしたらどうするんですか。」
「ん?しないだろ?」

なんとなく意地悪な質問をした自分を嫌な奴と思いながら様子を伺うと、また予想外の言葉が出てくる。そんなのわかんないじゃないかと意味を込めた目線を向けると、先輩はニカッと太陽のように笑って

「その時はその時だからな!事情があれば聞くし、俺は何も知らずに決めつけたくない。聞かないとわかんないこともあるだろ?それに、お前と話しても、お前の片割れと話しても、どちらも悪い気はしないぞ!俺は見る目だけは確かなんだ!」

と豪快な笑い声を上げた。その時は、その時。何も知らずに決めつけたくない。その言葉は、私が密かに欲しかった言葉だ。決めつけたくない。友人が、私を恨んでいるかもしれないなんて。あの事を言ってなかったらこうはならなかったのかもしれないなんて。

買ってくるな!とキッチンの方へ走り出していく背中に、ほんの少しだけ笑みがこぼれた。
私の道の先にも、まだ希望あるように思えて。


【この道の先に】

7/3/2023, 12:21:57 PM