渚雅

Open App

「落下って言えば?」
「林檎?」

ニュートン

物理選択でも,理系ですらない君は首を傾げて呟く。F=ma なんて思わず懐かしい公式を諳んじれば僅かに眉をひそめた表情と目が合った。連想するのはニュートンでも物理は眠くなるから嫌いらしい。そう言えば,読んでいる小説に知らない公式が出てきてもそのまま読み飛ばすのだと言っていたっけ。


「で それがなに?」
「いや,どうって訳でもないんだけど」

ただなんとなく君は何を思うのかなって気になっ
ただけ なんて流石に言えやしないけど。何となしに微笑んで見せれば言うほど興味はないのか追求されることも無く話は終わった。

夜の風が肌を撫でてゆく心地と無言の空間。同じ部屋の中でただ各自 時を過ごす感覚は嫌いではない。どこからか聞こえてくる虫の音色が添える夜の香り。遠くで電車の走る音がした。



「お前は?」

そう問われたのは会話が終わってから何十分もたった後。それが指すのはさっき己がした質問なのだと理解するまでに数秒を要した。

落下で連想するもの……


「アリス」

うさぎを追いかけて穴に落ちていった好奇心旺盛な女の子。帽子にケーキと時計 ティーパーティーにトランプ兵 摩訶不思議なおとぎ話のような物語

なんてちょっとメルヘンチックすぎるかな。


「ふっ」

堪えきれないように小さく吹き出したような声がした。顔を上げて暗い部屋の中 目を凝らしてみればさも可笑しそうに笑みを浮かべる姿。

瞬きを2回ほど繰り返せば軽い謝罪が落とされる。それから伸ばされた手に引き寄せられて気づけば君の腕の中に納まっていた。自分のものより低くゆっくりした鼓動を微かに感じる。


「逆だって思ったら おかしかった」

理系で現実主義な自分と 文系で夢想的な君

ああ確かに 反対。互いのイメージとは逆の言葉を想像してた。意外 なのかもしれないけれど,けどやっぱり納得出来る。違うけれど似ていて,だからこうして傍に居れる気がした。


「じゃあ 真夜中のお茶会しよう。りんご味で」

なんでもない日を特別に。内緒話のように耳元で囁かれた言葉。それは甘い蜜がたっぷり滴る赤い果実の匂いがした。

月夜の下で二人だけの秘密のティータイム。さらさらと砂が溜まっていく度にゆっくりと自覚する。落下していく赤い実は きっと恋心。




テーマ : «落下»

6/18/2023, 1:15:39 PM