夜宵

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「うーん、そしたら、そうだなあ」

 一呼吸置いて貴女は口を開いた。

 あなたに――。

 貴女は僕の目を見ると目に水を溜めた。今にも溢れだしてしまいそうで、しかし僕にはそれを拭う権利はなかった。

「晴香」

 ガラガラと病室のドアが開いて、長身の男がズカズカと入ってきた。僕の兄だ。そして、晴香さんの彼氏でもある。らしい。

「亮くん」
「また晴輝に世話させたのかよ。もう頼るなって言ったろ」
「だって、独りは寂しいのよ」

 僕は晴香さんに頼まれてここへ来ているわけではなかった。ただ僕が来たいから来ているのに、なんて優しい人だろうと思った。

 やっぱり、良い人ほど先にいなくなってしまうというのは本当なのだ。

「もういいから、お前は帰れよ」
「……分かった。じゃあ」
「晴輝くん」

 晴香さんが僕を呼ぶ。足を止めて振り返ると、先に不機嫌そうな兄の顔が目に入った。

「今日もありがとうね」

 にこりと目を細め口角を上げる。それに釣られてしまいそうになるのを堪え、隠れて拳を握りながら返答した。

 晴香さんは、兄とふたりのときもそうやって笑えるのだろうか。

「さようなら、晴香さん」

 僕が背を向け、病室の外へ出てドアを閉めようとした時には、彼女の姿は兄の大きな背中に隠れて見えなかった。兄の顔がベッドの高さと同じくらいまで下げられていたのが心底気持ち悪かった。



――明日世界が終わるなら

5/6/2024, 11:04:25 AM