月が凪ぐ夜

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わたくしの宝物はあなた様でございます。

巧みな話術、豊かな才識、品のある仕草、そしてわたくしを包み込む広く温かな御心。
愛をささやき、肌を合わせるその瞬間は、わたくしにとって至福のひと時でございました。

ですがあなた様は恋多き、数多の浮名を流すお方。
わたくしの他にも契りを交わす女(おなご)がいることも知っております。そう…悋気など数えきれぬほどに。

恋しとよ 君恋しとよ ゆかしとよ
    逢はばや見ばや 見ばや見えばや

それでもわたくしが贈りました文に、馬を駆けて来てくださったあなた様をどうしてお恨みなどできましょうか。


わたくしの宝物はこなた様でございます。
宝物は人様にお見せすると盗まれてしまいますので、こうしてわたくしが常にお抱えしているのです。

そうですね…かれこれ100年ほどの月日が経ちますが、大事に大事にしておりますので、なんとかかすめ取られずに今にいたります。

たとえ骸になり果てようとも、わたくしの宝物は誰にも奪わせはいたしません。
昔も今も、そしてこれからも―――。


『恋しいと 君が恋しい 慕わしいと ただそれだけ
 逢いたい 見たい 見たら 逢えたら―――…』


【宝物】

11/20/2023, 11:54:45 AM