黄金色の蝶が、顔のまわりを舞っている。
辺りには芳しい香気が満ちていた。不思議な話だが、それはひらひらと舞う蝶の翅から、絶え間なく漂ってくる。少なくとも彼等には、そうであると感じられた。
吸うたびに頭がくらりとするほど甘い、幸せな匂いだと。
『… 改めて見ても、醜いねえ。』
『お前の顔だよ。』
忍者の言葉に、びしっと裏拳を見せて農夫が返す。同じ体格に同じ顔。双子と見紛うには彼等は些か異質だった。顔から脚まで這う傷跡と、そこに巻かれた包帯まで全てが同じで、どうにも別人と断ずることはできない。
どうして畑仕事なんかと問う忍者に、城が落ちてねと農夫が返す。忍者から走るビリリと激しい怒気を受け、農夫は笑いながら、お前が私とは違うことを願っているよ、と言った。
…悲しい笑みだった。忍者はふっと息をつき、目を伏せて呟く。もしそうなれば、あの娘(こ)とも永遠の別れだ、と。
『… いや? この夏、妻に迎えたよ。』
農夫の言葉に忍者は目を見開いて、嘘っ!と叫んだ。農夫はあっはっは!と声を上げ、どこか得意げに笑っている。
『… ま、お互い楽しくやるさ。』
どちらのものとも判らないそんな言葉を交わして、互いに霞みゆく自分の影法師を見送った。…甘い匂い。黄金色の蝶へゆるりと手を差し伸べる。そこに絹糸が絡んだかと思うと、最愛の女(ひと)の胸の中で目覚めたところだった。
これじゃ芳しいわけだ。でも彼女の肩は、布団からはみ出てしまっている。お前、冷えたらいけないよ…
ほやほやとしながら、できるだけ優しく、自分の胸へ彼女を収めた。ああ、とわにこうしていられたら。
『未来の夢を見た… いや、過去かな? … まあいいか。』
柔らかい。暖かい。良い匂い。
愛おしい何かがくっついて、微睡みながらうふふ、と微笑っている。
【夢と現実】
12/4/2023, 2:21:09 PM