私の好きなその寄席(よせ)は、客が入らない事で有名だった。
ビートたけしの『浅草キッド』の歌詞に、
♫客が、2人の演芸場で~
とあるが、平日でトリがセコイとそのくらいの客の入りの時がソコソコあった。
なにしろ、古くて薄暗いビルの3階にあって、エレベーターもなかったから、知らない人は途中で怖くなって帰ってしまう程だった。
そこに一流の芸人が10と2、3人出るのである。大赤字なのは間違いなかった。
落語界ぜんたいも低迷していた時代で、ビルも老朽化し、限界で、とうとうその寄席は閉める事になってしまった。
最後の2週間、落語協会の大看板が勢揃いした番組が作られ、
東京中の落語ファンがその寄席に集まった。立ち見が出る、押すな押すなの超満員だった。
特別あつらえのパンフレットには「光陰矢の如し」と書かれていた。
大盛況で幕は降ろされ、
ビルも壊された。
1951年に建てられたビルは、1990年に生命を終えた。
しかし、
1993年、その寄席は復活したのである。
奇跡の落語ブームも起こった。
光陰矢の如し、
だが、時代は巡るのである。
3/9/2024, 4:35:41 PM