『時を告げる』2023.09.06
幕の向こうでは大勢の気配。オケピから聴こえるチューニングが静かになった。開演まであと少しだ。
いつだって、この瞬間から言いようのない興奮が自分の内側に湧くのだ。
開演を今か今かと待ちわびているのは演者も同じだ。早く「役に生きたい」と叫んでいる。
板付きだとなおさらだ。観客の熱気が緞帳越しに伝わってくるこの快感は、舞台人でなければ分からないだろう。
今回、この舞台が初めてだという共演者に目配せをする。彼は不安を隠せずにいて、顔が青ざめている。
パチッと目が合った。
「どうしましょう」
声に出さずに口だけを動かしてこちらに伝えてくる。今にも泣きそうな彼に、仕方なくそっと近寄り肩をぽんと叩いて、大丈夫だと頷いてみせた。
すると彼は不安そうにしながらも、幾分か表情を柔らかくして、頷き返してくれてた。
それを見届けて立ち位置に戻り、深呼吸をする。
緊張しているのは、こちらも同じだ。やはり幕が降りるまでは何があるか分からないし、不安でもある。
しかし、それを楽しむのも役者だ。
開演の時を告げるベルが鳴る。
ざわめいていた客席が静かになった。
舞台が、始まる。
9/6/2023, 12:21:27 PM