「あー…ちょっと待ってて」
デートの帰り、いつもの帰り道。
そう言い残して、何故か帰り道とは違う方向へ駆けていアイツの背中を呆然と見送った。
いつもはウザいくらい話しかけてくるわ、隙あらば手を繋ごうとしたり肩を組んできたり、話していてもちょっとした事で「え、俺のことそんなに好きなの?」と一々妙な自己解釈を入れてくるこの男が、何故か今日はとても静かだった。
話しかけても上の空で、きっとなにか悩み事があるんだろうなとは思ってはいたけど、執拗いくらいにグイグイくるあのテンションが何故だか妙に恋しくなったり、過剰なほどのスキンシップが無いのもちょっと寂しくなってしまった。
極めつけはこれだ。置いてけぼりだ。
「……はぁ」
少しずつ寒さが緩んできたとはいえ、2月半ばの夜だ。普通に寒い。こんな状況で心まで寒い。
ちょっと待っててって、どれだけ待てばいいんだか。
人の流れの中一人突っ立っているのもはばかられて、そそっと道の端に寄って壁に凭れ掛かる。それと同時にまた一つ零れたため息が白く煙って消えていく。
一緒にいるのに上の空ってなんだよ、ばーか。
私の事好きなんじゃないの?大好きなんじゃないの?
人目があってもベタベタしてきて、なに言っても俺が好きだから?なんて言うくらい好きなんじゃないの?
……なのに。
なんで、こんなとこで急に一人で何処かに行っちゃうなんて。
そんなことを思っていると寒さとは違う、鼻にツンとした痛みが走る。
バッグの紐をぎゅっと掴んで苦し紛れにばぁか、と呟くとどんどん口がへの字になって、目に熱いものまで込み上げてきてしまった。
もう帰ろう、そう顔を上げた瞬間だった。
器用に人混みをかき分けながら脇目も振らずこちらへ向かってくるアイツが見える。
「泣いてんの!?」
そばに来るや否や放たれたその一言に、目のフチにぎりぎり留まっていた涙が零れ落ちる。慌てて俯くけど後の祭り、バレバレだ。
「泣いてない!!」
一目でわかる、強がりの独りよがり。
そんな、さっきの強がりで注目を集めた私を「そっか、ごめん」と肯定も否定もしないまま人目を隠すようにアイツは抱きしめる。
慣れた香りに包まれながら、ぐすんと鼻をすするといつもと違う香りがする。よく知ってる甘い香りだ。
そういえば、さっきまでは無かった小さな紙袋がアイツの手の中に増えてたっけ。
「悪ィ。これ買ってた」
私の視線に気づいて口を開くと同時に渡された紙袋には、ここからすぐ近くにある有名パティシエのお店のロゴが描いてある。きっと中身はいつか食べてみたいと零したことのあるお店のショコラだ。雑誌に載ってた包装とそっくりだ。
「明日バレンタインだけど会えないし、一日早いけど近くには寄るし、なんかサプライズしたいと思って」
「サプライズは余計」
むくれながら目の前の胸を突く。ガタイがいいコイツはこの程度痒くもなんともないけどやらずにはいられない。
「……待っててなんて言わないでよ」
どこへだって一緒がいいんだから。
そう、わざと雑踏にかき消されそうな声で続けた言葉もバッチリ伝わってしまったらしい。
「そんなに俺のこと好きなの?」
そんなこと言わなくてもわかるくらい、アイツの嬉しそうな視線が私に向けられる。
「好きよ、大好きよ。それから愛してる」
その言葉を聞いたアイツに強く抱き締められながら、私も大概だな、と他人事のように思いながら、大きな身体を抱き締め返した。
2/13/2024, 2:40:30 PM