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「あんたが羨ましくて、憎らしい。」
伏せた目で告げられたそれは、いつもの軽いものではなかった。
重苦しく、暗く、粘着質だった。
「普通の生活送ってるクセにさ、悩み事なんか吹かないでほしいんだよね。親に愛されてないアタシの苦しさに比べたら、マシなんだから。」
じろり、と目玉がこちらへ向いて、私の心の臓まで見透かしているかのように口を動かす。
先程まで友達であったはずなのに、もう友達ではないように感じて、喉が狭まったように思える。
「どうしたの、何でそんないきなり。」
「いきなりじゃない、本当はずっと言いたかったの。だって普通のアンタに私のことなんて分かるわけない。友達なんて最初っから無理だったの。」
そう言って髪をぐしゃぐしゃと掻き回す姿を見て、あぁ彼女はきっといつもの状態ではなくて、俗にいう"病んだ"状態なのだと察した。
こういう事は前からあった。
ふとした瞬間にこうやって攻撃的になり、私に対して敵意を剥き出しにする。
私はそれを受け止め、冷静に戻った彼女からの謝罪を受け入れるのが常だった。
常だった、けれど。
何度こうやって、彼女のお世話をしたのだろうか。
私だって言いたい事を彼女に伝えても、バチは当たらないのではないか。
そう思ってしまって、つい、思っていた事が口からこぼれてしまった。
「貴方みたいな人がいるせいで、私のようにグレーの人間が苦しみを伝えづらいのよ。もちろん愛されてない貴方は、可哀想よ。本当に可哀想な人。でも、いつも愛してくれる親から産まなければよかったと一度でも言われた気持ち、貴方には分からないでしょう?」
すると彼女は"可哀想な人"の部分だけを受け取ってしまったようで、半狂乱で髪を振り乱し、大声でみっともなく泣き喚き始めた。
彼女に届けたかった思いは、結局彼女には都合の良いところしか受け取ってもらえないのだと心の奥深くで落胆する。
「精神が病んでいるからって、何でも許されると思っていたのね。もう、貴方のベビーシッターはやめさせてね。」
私はそう言って部屋の隅に置いていたバックを手に取り、玄関へ歩みを進めた。
一度でも振り返ったら、また彼女のベビーシッターに戻ってしまうと思って、彼女の声を背に浴びたまま玄関のドアを開ける。
「いかないで、ねぇ、ねぇ!こんなに私を傷つけたんだから、責任とってよ!私の辛さわからなくてもいいから、私に寄り添って、話を聞いて、優しくしてよ!!」
涙を撒き散らしながら怒りをぶつけてくる彼女に、私は寂しい気持ちになりながら答えた。
「これからは、窓口とか、インターネットにでも頼ってね。私は貴方の怒りを受け止めるお気に入りのぬいぐるみでもなんでもない、一人の人間なの。」
最後に一息吸い込んで、今まで長く友達を続けてくれた彼女に別れの言葉を送った。
「友達でいてくれてありがとう、楽しかった。貴方がいつか幸せになれるように、願ってるからね。」
そして無機質なドアが閉まる音と共に、彼女の声はぴたりと聞こえなくなった。
1/31/2026, 12:32:31 AM