「10年前の私へ」
そんな言葉から綴られたボトルメールが私の島に流れ着いたいたのは、つい昨日のことだった。
最初は、奇妙に思った。こういうたぐいの手紙は普通、クッキー缶なんかに入れて、手近なところに置くか、地面に埋めるかするだろう。しかも、10年「前」…「後」ならともかく、「前」ならば、絶対に届かないではないか。
しかし、内容を見て言葉を失った。それはいわゆる「遺書」だった。「今の私は幸福で、恵まれているつもりだけど、あなたの望んだとおり、やっぱり死ぬつもりだ」というようなことが書かれていた。
日に焼けて茶色くなった紙の最後に、名前らしきものが書いてあった。苗字なのか名前なのか。恐らくこの海に漂っているのなら、大半は偽名だろうが、変に難しい字で、読み方が分からない。私の使う言葉と、同じ種類であるかも怪しい。
ふと、私はあるアイデアを思いついた。この名前を借りて、私も手紙を書いて流そう。
この島には、小さな家があり、私はそこで長らく独りきりで、前の持ち主の大量の蔵書を読むだけで暮らしていた。
しかし、この頃その生活に退屈していた。私も、何か書きたい。そう思って少し書いたが、私は自分の書いた陳腐な言葉が、特に誰かに読まれるわけでもなく、ただ部屋の隅に溜まっていくことに耐えられなかった。
だが、ボトルメールなら…書きっぱなしで手放すことができる。誰かが読んでくれるかもしれないが、読んでくれないかもしれない。しかし、所在なさを吐き出すにはちょうどいい娯楽だ。
私には名前が無かった。色々考えたが、結局いい名前をつけることが出来なかったのだ。今、不思議とこの奇妙な名前を気に入りつつもあった。少し借りてもいいだろう。この難しい名前の主は、もうとっくに死んでいるだろうから。
詩でも物語でも日記でも、なんでもいい。私の疲れ衰えた脳みそが知りうる限りのことを全て使って書こう。どうせなら、色んな人や物になって書こう。私以外の何者かになって書こう。その方がずっと面白くて、楽だ。
私は幼いころの夏休みのような気持ちになった。漂流物のストックから手頃な瓶を選び、しまい込んでいたペンとノートを取り出した。
そうだな、まずは…
2/16/2023, 1:14:03 AM