長きに渡って私を虐げ苦しめてきたあの人。裏切られた数は、それこそ数え切れぬほどに。
だからとて、こんなことをしようとは考えもしなかった。こんなどうしようもない人のために、罪を犯すだなんて。
それなのに、私はあの人の命を奪ってしまった──
一度その身にナイフを突き立てれば、積年の恨みが噴き上がる。気がつけば私は何度も何度もあの人の身体をナイフで抉っていた。
我に返った時は凄惨な光景が横たわる。あの人の血によって赤く染められた部屋。血濡れの物言わぬ肉塊と変じたあの人。
恐怖心が足元から駆け上がるようにして襲う。私は返り血で真っ赤に染まってしまっている身にもかかわらず、部屋を飛び出す。
でも、どこへ逃げたらいい?
恐怖と混乱で足取り覚束ぬ体で、どこともなくさまよう私。
頬に冷たい感覚を覚えたと同時だ。激しい雨が降り出した。
だがそれは束の間のことで、すぐに雨は止んでしまった。
その通り雨は、長らく不幸だった私に対する慈悲だったのかもしれない。
返り血が洗い流された様を見て、少しでも犯した罪を濯ぐために、通り雨が慰めてくれたのだ、と。
テーマ【通り雨】
9/28/2024, 4:43:23 AM