不能感、内側、残留
午後の時報が響き渡っている。部屋の輪郭はぼんやりとしていて、締め切ったカーテンの隙間からは妙に白っぽい外界の光が漏れ出ている。その光が部屋の色彩を混ぜ、幻のようにみせている。静けさ漂う暗間に包まれていると、自己が際立つ。誰にも見られていない空間、光を当てられていない体。他者の存在がないからこそ、自分の形を触り、自分をよく知ろうとする。人混みは嫌いである。他者の視線と思考が神経質に身をつつき、評価される人間となっていく。勝手に他者を借りて自己を評価することに疲れてしまう。だから、私が私を「他者の目に留まらない私」として認識できるように、自己の境界を薄め、誰でもないそこらにある有機体を演じる。そんなふうに過ごしていると、自己の意識が沈んでいき、自分が何者であるのかわからなくなる。でもこの部屋では、誰にも私を見つけられる手段はなく、外に向かう五感を断ち切ってしまえる。本体が一つのままに感じることが全てであり、その全てが私であった。
数分前に出て行ったあの子は、どんな心持ちで、どんなことを考え、これから何をするのだろう。寝転がったシーツにあの子の汗が染みている。私は人と交わるより、自分のことを探る時間が好きだ。だから私は、人と触り合った後、必ず一人になって自分と過ごす。それは自分と遊ぶことでもあるし、自分を愛すことでもあり、自分の存在を探求することでもあった。でも他者との交流にも意義は感じられた。相手を通して、自分の思考や癖、隠れている欲求の発見になるからである。自分の好き嫌いの数も増える。私は私の研究対象であるため、情報が豊富になっていくことに自己が満たされるような実感があった。しかし、他者と関わる上での問題は、自分の面も増えるということであった。誰を相手にするかによって、反応や言葉遣い、漂わせる雰囲気、思考や価値観まで調節する必要がある。これまでに作り上げてきた私は、何体いるのだろう。
いつからか、私は本来の私を失ってしまうような気に迫られて、持っているはずの人間の核を探すようになっていた。今日みたいに誰かと密に体を擦り合わせた日は、一段とその意欲が通いた。自分の核を探るうちに気づいたことは、相手と快感を味わうほど、体の内側に黒くざらざらしたものが残っていくということである。その気持ち悪い残留感は、内臓から侵食し、やがて私を不透明に覆い隠してしまうように感じられる。だから私はその靄を掻き出すのに必死になって、内を発散できるように体をくねらせながら、自分を愛撫するのである。
内に溜まっていた黒さが散った後は、それからは自分との交流の時間であった。自分の体を探って形を確かめ、触る感触と触られる感触をただ追いかけていると、姿が隠れるほどの暗い空間から、自己の存在が明確に光をもって浮かび上がってくる。今なら、日中感じた自分への劣等感や不能感が押し寄せてきても、純粋な自己への魅力がそれらを押しのけるはずである。視界には輝いた自分の存在しか映らない。次第に、無調整の私の本性が露わになり、内包されていた核がめくれ上がる。
4/11/2026, 3:04:57 PM