うだるような暑さの日が続く。こんな中で外の現場を20日連続で入れるなんて、ウチの会社は何を考えてるんだろう。首に巻いたタオルで汗を拭う。歩道と植え込みの境に開けた穴にポールを差し込んでいく。
「はいOK! 一旦休憩しよう!」
私は作業員たちに声を掛けた。
人が日陰を求めるようになってから、何年が経っただろう。半世紀以上も前から叫ばれていた地球温暖化に画期的な解決策を発見できなかった人類は、世界的な取り決めから大国が離脱していく形で諦めの態度を取り続けている。
今では日本の夏は八ヶ月続くようになり、真夏の直射日光は文字通り凶器と化した。そのおかげで私はこうして公共の仕事にありついている。
私はいま立てたばかりの白い2本のポールを見上げた。
ガサッ
「あー失礼しましたー」
振り向くと日傘を差したカップルが通り過ぎるところだった。私のヘルメットのつばとカップルの男性が持っていた日傘が当たってしまったようだ。
「うわやば、“ひかげもん”じゃん、触れたらやばいって。行こう行こう」
カップルの男が女性に向かって漏らした。私に十分聞こえる声で。
「はーい、危険ですのでお下がりくださーい」
私は気にする素振りも見せずに事務的な言葉を吐いていた。町中に日陰を作る。ただそれだけの職業なのに。
日陰製造業(我々の会社は事業内容をサンシェイドメイキングと謳っている)は「2050年代の新しい仕事ベスト10」に入り、政府からも今後最重要のインフラ事業になると賞賛された。
しかし言葉の持つイメージからか、単純に仕事内容のキツさからか、日陰製造業は大衆からは嫌われる業種となり、就職市場でも避けられていた。そしていつからか、その従事者は“ひかげもん”と揶揄されるようになった。
「よし、次、シェイドの取り付け行くぞー!」
『あーい!』
私の号令で休憩から戻った作業員たちが仕上げに取り掛かる。2本のポールに日除けの天井「シェイド」を取り付ける作業だ。
不浄・不潔なる者への差別意識はこの国の、いや世界的に見ても伝統としてある。こちら側から見れば国民の健康と安全の為にやっている必要不可欠な仕事でも、その身に及ぶ病などへの不安や無理解から遠ざけてしまうのは人間の持つ根源的な防衛本能なのかもしれない。
そしてエッセンシャルワーカーの労働環境が良くないのもこの国の伝統と言えるかもしれない。どう考えても日の入りから開始した方が安全な仕事なのに、日中の勤務が20日も続いている。それを業界団体に進言したところで「夜間シフトもやっている。それでも足りないから昼間も勤務していただいているんです」で終わりだ。
社会インフラとして必要としている人が地域がたくさんある。発注が後を断たない。すでに工事予定日に一ヶ月も遅れが出ている。だから24時間体制で働いてます! それが補助金を貰うための大義名分だ。
もっとも、ウチの社長曰く、
「陰がどれくらいできるかなんて、太陽が出てるときにやってみなきゃわからんだろ」
だそうだ。そんなもん測量とか座標とか、数学でどうにかなるだろう!と反論したいけど、誰も学がないので言い返せない。
「はーい! シェイドの取り付け完了しましたー!」
作業員から完了の合図が出た。
「OK! 遺留物がないか確認してなー! 確認したら次行くぞー、すぐに乗り込めー」
そして私は作業員たちと共に、ポールとシェイドを山盛りに積んだトラックの荷台に乗り込んだ。次の現場へと向かうのだった。荷台に幌を付けることすら、いつからかやらなくなっていた。
1/30/2025, 2:06:34 AM