喜村

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【落ちていく】

 二歳児くらいの子は、パタパタと丘を駆けていく。
「みててね~!」
 そういうと、自分の身体の半分くらいある、ピンク色の大きなボールを下に向けて、放り投げた。
 ボールは弾みをつけて、ポンポンとリズミカルに下へと落ちていく。
 自分で投げて、転がり落ちたボールを、きゃっきゃと笑いながら追いかけ、それを抱え、また上へとのぼる。
「みててね~!」
 その子は、また、先ほどと同じようにボールを放り投げる。そしてそれを見ては笑うのであった。

 何が面白いのだろう。
 ボールが下へと落ちていっているだけなのに。

「誰に『みててね』って言ってるの?」
「ママ! あのね、そこにいるパパにみててもらってるの!」

 ママと呼ばれた彼女は、信じられない、といった表情で、こちらを見る。
「みててね~!」
 私は見てることしかできない。
 私のからだをすり抜け、ボールはまた下へと落ちていくだけだった。

11/23/2022, 11:25:43 AM