あにの川流れ

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 真っ暗真っ暗。何も見えない。
 カツン、カツン、コツ、コツ――――そんな音が導になっていて、何の苦もなく歩いている。
 そうしたら急に身体を引かれて「あぶないよ」って。色々と経験から危ないものを想像して次の言葉を待つ。
 「車がね」と。
 なるほど、確かに走行中の車からは音を立てられない。立ったらよほど狭い道か、引かれる寸前。
 お礼を言ったらくすぐったそうな声。

 「ちゃんと腕に絡ませておいて」

 ちょっと叱責。
 お小言。

 「わっ」
 「動いたら逃げるからね、じっとして」

 座っている。膝の上に何かが、何かの重みが。
 四つの……足? ふにふに、ぐいぐい、と太腿の肉を潰してこねて。何かが動くたびにさわさわと、ふわふわなものが床を掃除するみたいにすべって。
 手を誘導されたら不思議。
 やわらかくて硬い丸い形状。その奥にあたたかさ――人肌よりも高い温度。それがぐりぐりと掌を触ってくる。まるで、いつもみたいに頭を撫でている感覚。それよりもうんと小さいけれど。

 驚いていると掌に何かのせられた。
 これは……何? ころころ小さい粒でざらざら。弾力があるけれど指の腹で挟んで力を入れてしまえば、どうやら脆いみたい。
 それが何個もぼろぼろとのってくる。

 「ひゃっ⁉」

 膝の上を占領していた何かが、掌の粒を……たべている? 咀嚼音。ぴちゃぴちゃ、ぺろぺろ、と掌を舐められているみたいで。

 「こ、これは?」
 「かわいい子犬。ごはん食べてるよ」
 「このざらざらを?」
 「そ。舌ですくって、ぺろり、むしゃむしゃ。人間がつくった犬のごはん。見た目は……うーん、食べるものに困ったらたべる……かなぁ」

 え、そんなものを食べさせているのかと思わず絶句してしまう。

 シートに腰かけて。ぐ、ぐ、とお尻を落とし込む。声の誘導を頼りに手を伸ばせば、ツルっとしているようでそうでもない円形のもの。くるりと手を這わせて、真ん中に続く線が延びていて。
 辿って凹凸。
 押し込んでみて、もう少し力を、

 プ〜〜〜〜ッッ‼‼

 「⁉」

 耳をつんざく音。
 キーンと耳奥でいつまでも残響して。身体が強張っているのに頭はクラクラ。
 でも、いつも聞いている音。
 そう言えば、「いつもじゃないよ。危ない車がいるときだけ」と言うから、危ない車だらけの道なのかと。

 「みんな、車乗ると性格変わっちゃう。ほんと、困っちゃうんだから」

 なんてまるで他人事。

 身体をシートに強く捕まえられて。ガタタタ、と音を立てながら重力に逆らってゆく感じ。となりに座って大声。「怖かったら手、つないでいいんだからねッ‼」って、そっちからつないできて。
 まわりからもざわざわと落ち着かない声色。
 何の隔たりもない風がビュービューと頬を打って髪をさらって、声を一瞬で奪って。

 ガタタタタ――――、ガッチャン。

 停まった。
 不思議に思っていれば、「落ちるよ! ゔぁ、落ちるからね‼」「え」と言いかけた瞬間――――重力に下へ下へ落とされてゆく!
 悲鳴、悲鳴、悲鳴!
 叫んでいれば口が乾いて、けれど口を噤んではいられない。
 お腹の奥の奥、浮遊感に何とも言えない縮こまり方をしている。不思議って思うほどの余裕もない。
 乱暴な父親に上に投げられて、やさしく受け止められたあの感覚に近い。

 ビクンッ‼――身体が竦んだ。

 いつの間にか目を瞑っていたみたい。視界は45度傾いていた。見慣れた視界。すべてのものが定位置に、そんなきれいな片付いたお部屋。
 もぞ、と横になっていることに気づいたの。

 「おや、起きましたか?」
 「……ん」

 かけてくれていた毛布。起き上がってベッドの端に座れば、横にきみがいた。
 膝の上に本を乗せて、指を滑らせて。
 でもお顔はこっちに向いている。
 閉じられた瞼。ふる、とたまに睫毛が震えているけれど、それだけで表情がつくられてゆく。

 「あなたったら、わたくしのベッドを占領するんですから。気持ち良さそうにして」
 「んふ、実際気持ちよかった」
 「落ちている夢でも見ましたか? ビクッとしていましたよ」
 「んー、最後はそうだったかも」
 「どんな夢でした?」

 思い返せば不思議。
 よくよく思い出せない。でも、これだけは覚えていたの。

 「きみの夢」

 とってもすてきな夢だった。



#こんな夢を見た



1/24/2023, 4:45:53 AM