「ささやき」
株がアレしたショックで黄の社長がぶっ倒れた、という噂を風の便りにいうより黄経由で石井から聞いた。
石井は前に黄の地雷をナチュラルに踏んで聞きたくもなかった過去を内蔵のようにズルズル引き出してしまった手前、黄を弟の様に可愛がっている。
最早可愛がっているのか罪滅ぼしに気を遣っているのかは不明だが、石井が元来ピンで生きているような所があるので、黄を押し付けていると丁度バランスが取れているような所があって、周辺の人間が事あるごとに石井に黄を押し付けている。
まあそんなわけで社長のベンツの整備の為だけにコネで雇われている黄も社長共々風前の灯である。
社長自体はぶっ倒れつつも気丈夫に済々起き上がってはあちこちに連絡などつけて損切りに走ってはいるようである。
黄はどうしてるんだと石井に聞くと、まあ車をイジる以外に能のない奴なので、変わらず社長のベンツを整備しつつも、何か嫌な予感は感じて背後いるらしく近くの工場にパートタイムで入っている。
「あいつ腕はそこそこ良いだろう、パートなの?」
「正社員で入ると社長の方が留守になるからじゃねえの。一応恩があるし親戚だからな。」
「社長アレどうなるのかね?」
「いや株だけやってるわけでもないらしいから、今髪振り乱して切りまくってるよ。持ち直した部分もあるそうだし、一応あの人オカネモチだからね。」
「おれ最後あの人見た時アキバにメガテンのソフト買いに来てたんだよね。だから庶民的なイメージしかなくて。」
「あれでなかなかのお嬢様なんだそうな。名士の娘なんだけど、本人がネット漬けでそのまま暗号資産に手を出すようになって今に至るらしい」
「それ黄情報?石井仲良すぎない?ほぼほぼ弟扱い?」
「いや、ここいらの面子はそこそこ知ってる。お前が黄と仲良くないだけだから。」
『いったい何が気に入らなくてアイツにだけ余所余所しいよ。』
言われると言葉に詰まった。
黄の何が気に入らないというのはない。
ない筈だと思う。
つらつらとここ数年の出来事を思い出すに、最初におれに近づいて来た時、肌色だとか、国籍だとか、ハーフだからとか、どうでもいい情報を根掘り葉掘り聞いて来た上で、急に馴れ馴れしくしてきたのが…
「気に入らないんだ。」
おれの眉間に皺が寄っていたと思う。
石井は勝手にそこらにあったおれの急須で蓮茶を淹れてぐびぐび啜る。
「…わからんわけじゃないが、まあ見る目が厳しいな。」
「俺の見る目が厳しいように、黄の人を条件で数え上げて合格・不合格で値踏みするのも厳しいと思うよ」
「うわ手厳しいな。お前らやっぱり似てるよ。」
石井がドン引きしつつ言った。
石井の背後でKがテレビをつけてSwitchでメガテンをプレイしはじめた。おれの名前をプレイヤー名にしたヤツだ。もう一年になるがいまだにKについては許してない。
「黄は、アイツは誰にでも良い顔するだろ。似てないよ。」
石井が湯呑みをちゃぶ台に置いて胡座をかきなおす。
「いや、お前らなんとなく似てるよ。こう、向かい合ってるとな、なんとなくどう考えてもこれは一方通行だなって感じる。」
「黄が?おれが?」
「両方そうだから似てるっつってんだよ。アイツはね、」
少し苦笑して声のトーンを一段階落とした。
『お前と双方向になりたがってるんだよ。』
微かに笑う様に囁いた。
おれはそのままメガテンに目をやって石井の言葉を聞かないフリをした。
Kは相変わらずおれの名前を名乗ってプレイしている。不愉快だ。
然もいまだにクリアしてない。
了
4/21/2025, 2:38:02 PM