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『泣かないよ』

真っ直ぐに落ちていく雨の軌跡を、僕は見つめている。

降り注ぐ雨が灰色のノイズになって、二人きりの昇降口を満たしていた。
隣に立っている彼女は俯いたまま。僕の言葉に対する返事を考えているのか、それとも声にならない思いを堪えているのだろうか。
分からない。泣くだろうか、怒るだろうか、それとも案外ケロッと受け入れるのだろうか……そうやってシミュレーションしたどれとも違う反応だった。
いっそビンタでもしてくれたら良かったのに。僕は、次にかける言葉を失い、落ちる雨をただ見つめている。
 
その時、視界の横で影になっていた彼女が、不意に外へと飛び出した。
僕はそのまま彼女が去ってしまうのかと思い、咄嗟に名前を呼んでいた。もうそんな資格はないというのに。
彼女は立ち止まり、降りしきる雨の中、傘もささずに天を見上げている。
「あたし、泣かないよ」
その声を聞いた僕は、伸ばしかけた手をきつく握りしめ、彼女を抱きしめることができない愚かな自分を呪った。

滑らかな曲線を伝っていく雨の軌跡を、僕は見つめている。

3/17/2023, 1:42:11 PM