あにの川流れ

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 「あ」
 「ん、どうしたの?」

 きみが短く、珍しく声を上げたから。気になるのは当然。だって、ラプラスの計算も蓋然的にできるから、不意にっていうのはきみにとって必然になるわけで。
 思わず、作り置きしていた真水をすくっていたバケツを落としたよね。
 バチャッて水が撥ねたから服が濡れちゃった。

 パッパッとまあるく布地に浮いてる水滴を、手で払った。防水処理もお手の物だったね。……たったの43800時間だったもの。

 そんなぼくの旋毛を見ないで、きみはちょっと動きを止めてる。気になって点けっぱなし――スリープ状態にならないようにしてあるデスクトップに目をやった。
 きみのフォルダーにメールが一通。
 本文は英数字とアルファベットの羅列。件名も暗号化されてる。

 ふと見れば、きみが、本当に、本当にひどくうれしそうに微笑んでいた。へにゃり、ふにゃり、肩も竦めて手の甲で口許が隠しきれていないの。
 珍しい、そんなお顔見せるの。ぼくだってあのお顔を引き出すのすっごく難しいのに。
 ……誰が、どうやってやったの。
 すっごいジェラシー。

 「……いいことあったの。だれから? まさか、恋人とか言わないでよ」
 「ふふ、もう融合も同然の親しい方からの通知です。ひどく惚気けられました。たのしみ」
 「どういうこと……」
 「お箸の使い方を教えて下さい。わたくし、使えるようにならないといけないんです」
 「エッ……だって、泳げるようになるって言ってたでしょ、どうすんの」
 「並行して習います」
 「先生はだれ」
 「あなたです」
 「ゔあ」

 ぼくだってお箸のとびきり上手じゃない。むしろ苦手なのに。泳ぎだって犬かきが平泳ぎに進化した程度なんだから。

 「それから、4.07以降のアップデートも頑張ってゆきましょう」
 「え゛……あのね、この7、8年で何回アプデしたと思ってるの。そろそろ頭空っぽにするクールダウンの時期じゃないの」
 「三が日と祝日があったではないですか」
 「疲れは溜めとけるけど、回復は都度しなきゃいけないんだよ。それにね、味蕾は10000個。えぐいんだからね、ちゃんと自覚してよ」
 「あなたが生きていてよかった」
 「話噛み合ってない!」

 今日の日付け覚えた!
 ぜったい忘れないから! 毎年確認してやるんだからね!!
 くそう、ぼくのせいなんだから!
 アルコール処理のスクリプトつくってやる! うんと弱くしてやるんだから、覚悟しててよね!




#10年後の私から届いた手紙



2/16/2023, 7:47:23 AM