馴染みのメンバーでの飲み会のあと、なぜか俺は自宅ではなく彼女の家に来てしまった。
あきれながら彼女は俺を招き入れ、シャワーと寝巻きを貸してくれる。
夜はすっかり冷え込む時期になったせいか、用意してくれた服が長袖になっていた。
彼女の心遣いにほわほわと胸が温かくなる。
リビングに戻ると、彼女がぽやぽやと少し眠たそうに微睡んでいた。
1日の終わりに彼女のかわいいお顔が見られるなんて、今日のヤギ座の運勢は1位だったに違いない。
そんな気持ちで彼女の隣に座った。
「シャワー、ありがとうございました」
俺との距離感に慣れない彼女は、それだけで緊張をまとう。
気恥ずかしさを含んだ愛おしい空気を振り払うように、ソファに座っていた彼女は足をぷらぷら揺らした。
「ねー。セクシーかキュート、どっちが好き?」
「はい?」
どうしよう。
よくわからないが、いきなりかわいいことを言い始めた。
人を試すことをよしとしない彼女がなんの気まぐれか、どこかで聞いたことのあるような2択を迫ってくる。
俺のほうを見る余裕はないのか、彼女の視線は自分の膝下に落としたままだ。
彼女らしからぬその質問はあざとくてかわいいのだが、意図は読めなかった。
「……そうですね。セクシーに俺を誘惑するかわいいあなたを所望します」
彼女の意図を知りたくて、ワザと動揺する答え方をする。
「はあっ!?」
案の定、大きな声を上げた彼女はわかりやすく狼狽えた。
「逆は……すみません。かわいすぎて俺の心臓がもたないかもしれませんね?」
普段隠している青銀の髪の毛に触れる。
ビクリと大袈裟に肩を震えさせるその姿は、酒の入っている今の俺には目に毒だ。
2択の意図などすっかりどうでもよくなり、目の前にぶら下がってきた欲に手を伸ばす。
「お顔真っ赤にしてかわいいですね。キスしたくなっちゃいました」
「えっ、ぁっ?」
細い顎を掬って顔を近づける。
簡単に俺を意識してくれる彼女は、その柔らかな桜色の唇をキツく閉ざして、顔を逸らした。
「イヤなら、ちゃんと言ってくれていいですよ?」
残念ではあるが、無理をさせたいわけでもない。
引き下がれるかどうかはまた別の問題ではあるが、意思表示は大切だ。
少なくともその拒否の仕方は、嗜虐心が煽られるだけなので、俺以外の前では絶対にやめてほしい。
顎を掴んでいた手を離すと、彼女は小さく首を横に振った。
控えめに俺が着ているシャツの袖を掴み、頬を紅潮させて大きな瑠璃色の瞳を揺らす。
唇を小さく震わせ、一生懸命言葉を探している姿に、心臓の脈撃ちが速くなった。
オーバーフローした彼女は本当に扇状的で、俺は必死に下心を飲み込む。
「別に、イヤ……とかじゃ……」
追い打ちといわんばかりのこの言葉である。
ピシャッ、と俺の中で理性にヒビの入る音がした。
眼鏡をかけていなかったら確実にしゃぶりついている。
「ただ、恥ずかしいだけだから……気にしないで」
しかも恥ずかしいだけで拒否をしたつもりはなく、さらには気にしなくてもいいのか。
そうかそうか。
「かわいい……」
感嘆にも似た息とともに出たその言葉は、彼女の羞恥心をさらに煽ってしまった。
「そういうときは、以前みたいに目を閉じてくれればいいんですよ? 都合よく捉えますから」
「だ、だから、それも恥ずかしいの……んっ?」
眼鏡を外して、小さく震える唇を指で押さえた。
驚いて目を丸くした彼女がやっと俺を正面から見てくれる。
イヤじゃないなら……いいよな?
これ以上は我慢ならず、自問して彼女の唇をさらった。
ガッチガチになっている彼女の背中をあやして、唇を啄む。
己の理性と戦いつつ、何度か軽いキスを重ねていくうちに、少しずつ強張っていた体が緩んでいった。
「……はっ」
息を止めていたのか、彼女は苦しそうに口を開く。
かわいそうだと頭ではわかっているのにもかかわらず、俺はその隙をついて彼女をソファに押し倒した。
逃げ道を塞いで、舌を絡める。
鼻の抜けた声や、湿度のこもった荒い吐息、もどかしそうに揺れる腰、彼女の仕草の全てが俺をおかしくさせた。
満足するまで彼女の口内を堪能したのは、やり過ぎだったらしい。
気づいたときには彼女は蕩けきっていて、眠さもあって意識が朦朧としていた。
「ふふ。かわいい。酒が入ってる俺よりふにゃふにゃしてますよ? そろそろ休みましょうか」
動く気力のない彼女を抱えて、寝室まで運んだ。
ベッドに彼女を横たえて毛布をかけると、すぐに静かな寝息が聞こえてくる。
「寝顔までかわいいなあ」
まんまるとした額にキスをしたあと、俺は自分の体に溜まった欲に悶々としてしまうのだった。
『愛する、それ故に』
10/9/2025, 6:38:57 AM