「……なぁ、まだ起きてるか?」
「……ギリギリ、な……」
薄暗い世界の中、2人並んで互いに身を寄せ合う。肩を預け合って、息の音だけが聞こえる空間でぼやけていく意識をなんとか繋ぎ止めていた。
「……なんかさ……昔の思い出の話……しようぜ。」
「……ろくなのねぇだろ……」
軽口を叩きながら、少しずつふわふわとしていく語り口で思い出を語っていく。2人して遊び回った故郷の空き地やら、すぐ怒鳴ってきた学校の先生にイタズラを仕掛けたときのことやら、あまりのくだらなさに笑ってしまう。
「……俺さぁ、あれ……あの、お前が持ってた砂時計……あれ欲しかったんだよね。」
「…………あー……あれな……欲しいの?……やるよ、別に……帰れたらな。」
「マジ?やったー……」
僕らの生まれた故郷は、何も無い田舎だった。四方を山に囲まれ、広い畑や牧地が広がる長閑な村だ。住んでいるのは老人ばかりで、僕らのような子どもにとっては変わりばのしない、つまらない場所だった。だから、ギラギラした都会のネオンに憧れてこうして故郷を飛び出してきたのだが。
そんな辺鄙な村で、僕が唯一、喉から手が出るほど欲しかったものがあった。それが、彼の持っていた砂時計。都会へ出張をしていた父親からの土産だったらしい。どこにでもあるようなものだった。透明なガラスと木の土台、中の砂は淡い空色。ひっくり返す度にサラサラと落ちていく砂に光が反射して、僕の持っている何より綺麗に見えた。
ラムネのビー玉だとか、おはじきだとか、キラキラしたものが好きだった僕にとって、その砂時計は憧れそのものだった。
「ふふ……戻れたら……ね……」
「……あー……俺もう無理……先行くわ……」
ふ、と肩にかかる重みが増す。隣で幽かに聞こえていたか細い息遣いが聞こえなくなった。
「僕ももう無理かなぁ……」
霞む視界を遮るように、目を閉じた。あの日、キラキラした砂時計に憧れた僕達は都会へ飛び出した。しばらくは楽しかった。田舎には無かったギラギラした刺激が新鮮で、脳内にバチバチ火花が散るような日々を送っていた。
けれど、僕達は失敗した。無知すぎた。長閑な田舎には無かった悪意に騙されて、反社会勢力のグループに引き込まれた。
今日は、特に血腥い日だった。僕達は少し下手を打って、2人とも致命傷を負って組織にも見捨てられた。僕らみたいな末端の人員の手当てをするほどの余裕は無かったらしい。
薄れていく意識の中、もう戻れない遠い思い出の破片が詰まった砂時計の砂が、サラサラと落ちていく。あの田舎の村の、穏やかな日差しを受けながら、その砂の最後の一粒が下に落ちる。
都会の喧騒の中では、その音はあまりにもか細くて、掻き消されてしまった。僕は隣に眠る親友に頭を寄せ、落ちていく砂の音になんとか耳を澄ませようとしながら意識を手放した。
テーマ:砂時計の音
10/18/2025, 6:34:38 AM