暗い部屋で布団に籠って一日を終えればいい気がしていた。
そんな何も考えたくない日だった。
家の電話が鳴った。今日は父も母もいない。
……仕方ない。
布団を身にまといながら、受話器をとった。
「もしもし、雨後(あめあと)です。坂月(さかつき)さんのご自宅で間違いありませんか? 」
「雨後か」
「坂月さんでしたか! 」
「あぁ」
雨後は同級生だ。同じ部活に所属しているが、昨日の一件
は知らない。
「寝起きですか?」
「いや」
「そうでしたか……。いつもと調子が違う気がして。……疲れてるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「あぁ」
「……そうですか」
雨後の声には重たい息が混じっていた。
「それでですね、えっと、その。コーヒーを飲んでみたいと思ってまして……」
恥ずかしがりやな雨後は話が長い。適当に相槌を打ちながら、俺は窓から空を見た。
空は暗く、重たい。いつ晴れるか知れない雲に覆われている。どうしようもない閉塞感が空をいっぱいにしていた。
受話器から雷の音が聞こえた。
「きゃっっっ」
「大丈夫か」
「えっ? 」
「大丈夫か、って聞いたんだ」
「えっ、あっ、そ、その……。はい……」
雨後は黙り込んでしまった。
雷に当たった、ということは無いだろうが。
雨後の家の方を見る。雷が落ちたからか分からないが、青空が雲間から見えていた。
「雨後」
「は、はい。なんでしょう」
「何か話してくれ」
「そ、そうですね。……えっと、そうだ。グッピーに餌をあげました! 」
「グッピー?」
「はい。グッピーです」
……。
「いま笑いました?」
「あぁ。間抜けな響きだなって」
「グッピーが、ですか」
「あぁ」
「酷いですよ! 」
「そんな名前をつけたやつに言ってやれ」
受話器から雨後の抗議の声が聞こえた。適当に受け流して、時計を見る。まだ12時か。
「雨後」
「何ですか?」
「今から空いてるか」
「空いてますよ」
「コーヒー飲まないか」
「えっ……! いいんですか!」
雨後は大きな声で言った。
駅前でコーヒー飲むだけなのに、そんなに喜ぶのか。全く。意味もなく壁を見た。
「駅前13時な」
「はい!」
受話器を置いた。
そうとなれば準備しなければならない。
駅前まで布団をズルズル引っ張っていけない。リビングに投げ捨てる。パジャマのまま会う訳にはいかない。寝癖もついたままだ。どれもこれも直して、外行の服に着替えた。
ポケットに適当な文庫本と財布を詰める。携帯を持たないいつものスタイル。
よし、行くか。
玄関の扉を開けた。
いくらか雨は降っているものの、雲間から青空が覗いている。通り雨だったのかもしれない。この調子なら、駅前に着く頃にはすっかり晴れているだろう。
飾りげのないコウモリ傘を差す。晴れるかもしれないのに重たすぎるか? まぁ、どうでもいいか。
家の軒先から垂れ落ちる水の音がよく聞こえる雨の中、俺は駅に向かった。
11/6/2023, 10:55:08 AM