指輪の内側に文字が彫られている。
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友人に誘われて訪れた骨董市。
骨董市の会場は予想以上に人が多く、
真っ直ぐ歩く事が困難なほど人でごった返している。
友人はお目当てがあるとのことだったので、後で合流することを約束して、1時間ほどバラバラで行動することになった。
しかし、こんな真っ直ぐ歩けなくなるくらいなら友人のお目当てに付き合えば良かったと後悔が湧きあがってくる。
後悔先に立たずとはこの事か、チェッ。
心の中で舌打ちをしつつ、体は人混みに流されるままどこかに向かっている。
一体私はどこにたどり着くのだろうか。
ええい、ままよと人の波に流されていると、骨董市会場の隅に運ばれてしまった。
不本意な押しくら饅頭から解放された体は、もうヘトヘトだ。
骨董市がこんなに疲れるなんて聞いていない。しかも、まだ碌に見れていない。
初めての骨董市が人に流されて疲れておしまいだなんてあまりにも寂し過ぎる。
何か面白いものを見つけなくては、納得がいかんぞ!
自身を奮い立たせ、果たして自分は何処に辿り着いたのかと周囲を確認する。
人混みの疎らなそこは、シャンデリアのクリスタルパーツや、錆びついた鍵、時計の針、ドアノブ等細々としたものが売られていた。
端的に言ってガラクタの山で、自分のテンションが上がるようなものではない。
こういうのを買う人は、創作とかに使うのだろうか。そんな事を思いつつぼんやりと眺めていると、キラリと光るものが目に入った。
ベロアのリングケースだ。
石付からシンプルなものまで様々なデザインのリングが並んでいる。
四角い緑色の石は、エメラルドだろうか。
高そうだ。
ゴシック調のリングに使われている赤い石は、ガーネットだろうか。
石好きな自分がムクリと起き上がり、テンションが上がっていくのを感じる。
興味の赴くままリングを眺めていると
目端で何かが光っている。
サファイア系の青い石が付いているシルバーリングだ。
複雑なカットが施された丸い石は、光に当たって青、紫紺、水色と様々な色で煌めく。
爪からショルダーにかけて蔓草がデザインされている。繊細さが非常に自分好みだ。
値段は幾らだろう?
リングケースからその指輪を持ち上げると、値札とともにリングの内側に彫られている文字が見えた。
リングのメーカーだろうか。
値札そっちのけで文字を読むと、
Du bist mein Schatz.
読めない。英語じゃない?
そんな時は文明の利器だ。
スマホの翻訳アプリを立ち上げ文字を打ち込む。
Du bist mein Schatz.
(ドゥー ビスト マイン シャッツ)
─君は、僕の宝だ─
このリングの持ち主がどうしてこのリングを手放したのかは、わからない。
愛していても別れてしまうことはあるし、本人は最期まで手元に遺していても、他者が売ってしまう事もある。
それでも、このリングは誰かに愛された人の持ち物だったことに変わりはない。
月日の長さはわからないけれど、宝物だった日々がこのリングにはあるのだろう。
私は誰かの宝物だったリングをソッとリングケースへ返した。
11/20/2023, 11:41:18 AM