NoName

Open App

手放す勇気

 十四夜の海岸へ出ると、波打ち際に“宝物”が落ちていた。
壊れた懐中時計、インクの出ない万年筆、曇った硝子瓶、赤い絹の舞踏靴。
これらを“宝物”と呼んでいた持ち主を、私は知っている。
 引き潮の岩場で偶然出会った、人魚の女の子だ。
そういえば、満月の夜に結婚式を控えていると言っていた。
お相手は銀の鱗を持つ、スマートな魚人なのだとか。

 「古い童話のあの子みたいな、バカな真似はしないわ」
憧れは憧れ、現実を見なくちゃ…と、今どきの人魚らしくきっぱり言っていた。
 結婚式の前に断捨離をしたらしい彼女が、手放した“宝物”を私は一つ一つ拾い上げる。
叶わぬ夢を思い切れない、自分への戒めに。

5/16/2025, 3:00:30 PM