妄想の吐き捨て場所

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自分の箒を持ったのは10歳の時だった。
魔法使い兼魔法研究家の父からプレゼントされたそれは私には似合わず大きかった。
魔法の箒は自分の魔力を少しずつ馴染ませて育てていくものだと教えてもらった時から空を飛ぶのが夢だった私は、今までにないぐらいはしゃいでいた。
「この箒はお前が大人になっても使える丈夫なものだからね、大事にするんだぞ。」
「早くアイリスが空を飛ぶところが見て見たいわ」
と言いながら父と母は、優しい手で私の頭を撫でてくれたのを覚えている。

初めて空を飛んだ日は今でもよく覚えている。
そして、思うように飛べなくなった日もよく覚えている。

朝起きると1階からベーコンの焼けた美味しそうな匂いが漂ってきた。身支度を済ませてキッチンへと急ぐ。
「パパ、おはよう!」
「おはようお寝坊さん、早く食べないと学校に遅刻してしまうよ。」
「もう分かってる!起こしてくれても良かったのに!」
「声はかけたさ、お前があと起きるからもう少し寝かせてって言ってきたんだよ?それに、パパが声をかけなくても起きるぐらいじゃなくちゃダメだ。早寝早起きを心がけて〜」
と、長くなりそうな話を途中で遮り
「私そんなこと言ってないもん!…お弁当ありがとう、行ってきます!!」
私自身減らず口だと思うが反射的にそう返しつつ弁当をカバンに突っ込み、パンにベーコンを挟むと玄関に駆け出した。
「箒で乗っけていこうか?」
「だからいいって、箒は。遅刻してでも走ってく。」
父の問いかけにぶっきらぼうに返し家を出た。
後ろから「そうか…。」と悲しそうな声がしたが聞こえないふりをした。

私は自分が魔法を使えることを周りに知られたくない。
魔法は昔、差別の対象だった。人々の生活基盤に広く役立つようになってからは差別意識は薄れ受け入れられていったが、未だに罵ったり石を投げてくるものは多い。そいつらにまた見つかることが怖かった。

自分の席に座ると同時に授業開始の鐘がなった。
「また遅刻ギリギリ〜。」
そう声をかけてきたのは隣の席の友人リリーだ。
「間に合ってるからいいんです〜。」
「ダメダメ、早寝早起きは大切だよ?」
父と同じようなことを言ってる、と思いつつハイ…と返事をする。彼女のこういう面倒見のいい所が私は好きだ。この土地に引っ越してきた時面倒を見てくれたのも彼女とその家族だった。
これからも彼女もは友達でいたい、だからこそ余計に彼女にもほかの周りの人達にも私が魔法が使えることは知られてはいけないと思った。

「そういえばさ、今日1限目の先生遅くない?いつもなら教科書開いてるくらいの時間だよね。」
というリリーの問いかけに、そういえば変だなと違和感を持つ。今日の1限目の先生は時間厳守ほどではないが、時間は守ってくれる先生だ。
「何かあったのかな?」
2人で顔を見合わせていると前の席のレベッカが声をかけてきた。
「アタシね、今日見ちゃったの。」
「見たって何を?」
「教員室に入ってく見知らぬ男子を。」
「それって、転校生ってこと?」
レベッカは噂好きで顔が広い、彼女が見覚えのない人物なら本当に転校生なのかな?なんて考えながらリリーと目を合わせる。
「じゃあ今日クラスメイトが増えるかもしれないね」
とリリーが言う。私も頷きながら楽しみだねなんて呑気に返した。
そのままお喋りが盛り上がってきた時、ガラッとドアが開き先生と少年が入ってきた。レベッカが前に向き直りつつほらね?なんて目配せをしてくる。
「皆さん、おまたせしてすみません。授業を始める前に転校生を紹介します。さぁ、挨拶してください。」
「初めまして、ジャック・マーティンです。よろしくお願いします。」
その瞬間、私は彼の独特な雰囲気に呑まれて釘付けになった。顔が整っているからそのせいかと思ったが、なんだか漂う空気感が一般人のそれとは少し違っているように思う。どこかその空気に見覚えがあった気がしたがその思考はレベッカによって邪魔された。
「ねえ彼すごくカッコよくない?」
「え?あ、うん。」
思考を遮られ、呆気に取られつつ相槌を打つ。その後もレベッカは何か言っていたが生返事を返しながらもう一度彼を見る。彼と目が合った、彼もこちらをじっと見ていたのだ。何となくその視線に居心地の悪さを感じ目を逸らした。その後は声をかけられるといったハプニングは起きずに学校が終わる。彼は一日中クラスメイトの質問攻めにあっていたからか多少疲れた様子だった。彼はあまり人とつるむことが好きじゃないのか終始周りに対して冷たく接していた。そして、一日過ごしてみて彼は不思議な人だと思った。何か気になるのだが、関わっては行けないようなそんな感じだ。

学校でリリーと別れ帰っている途中、後ろから「なぁアンタ、 ちょっと待ってくれ」と声をかけられた。振り返ると例の転校生がいた。
「え、私?」
「そう、アンタ。」
突然声をかけられたことに動揺し返事につまる。そのまま無言の間が続くと相手が口を開いた。
「あー、俺ジャック。」
「うん、知ってる。今日転校してきた人だよね?」
「そう、アンタは?」
「あ、私アイリス。」
そこでまた会話が途切れる。なんだか気まづくなってきた私は早々にここを去ろうと決めた。
「えっと、それじゃあ。用がないなら行くね?」
「用ならある。アンタ魔法使えるだろ。」
その言われた瞬間、体から体温が奪われていくのを感じた。
「え、なに、突然。」
言葉が出てこない。どうして気づかれたのだろうか。
「突然って、魔法使うならわかるだろうけど魔力残滓体のあちこちにくっつけてるじゃん。」
そこで思い出した、彼の雰囲気の違和感。私は彼の魔力残滓に本能で気づいていたらしい。今まで父以外の魔法使いに出会ったことがなかったせいかそれが魔力残滓である事が分からなかっただけだ。
「誰にも言わないで!!!!!」
完全にパニックになった私はそういい彼にすがりついていた。彼が差別を気にしない魔法使いならきっとみんなにバラすだろう。そんなことされたら私は人生は終わってしまう、せっかく前の町から逃げてきたのに水の泡になってしまう、そんな思いがぐるぐると脳内を駆け巡る。彼は突然飛びついてきた私に驚きつつ
「ただ、俺はアンタに珍しい魔力残滓がついてたから気になったんだよ。」
と言ってきた。
「珍しい??」
珍しい魔力残滓という言葉が耳につく。
「珍しい魔力残滓って何?」
「少しだけど、古代魔法の跡がある。あんたが使ったんじゃないのか?」
「古代?…何それ。」
「心当たりないのか。」
「うん。」
その返事を聞くと彼は一瞬残念そうな顔をした後、
「思い違いか。悪かった、それじゃ。」
そう言うと彼はさっさと引き返しすぐ見えなくなった。

家に帰ったあとも彼とのやり取りが頭から離れなかった。バレてしまったのだ、魔法使いであることが。思い返してみれば言いふらさないという願いの返事を聞けていない。もしかしたら明日学校に行ったら自分が魔法使いだとバレているかもしれない。そう思うだけで胃がギュッと傷んだ。
それと同時に彼が言ったことも気にかかる。古代魔法とはなんの事だったのか今も理解出来ていないからだ。自分はめっきり魔法のことは勉強していないから存在を知らないが、そう言う部類の魔法もあるのか…などと考える。結局知らないことをいくら考えても無駄だという結論に至り、父に聞いてみることにした。
「ねぇパパ、古代魔法って知ってる?」
そう言うと少しの沈黙の後、父の目がみるみる開いていく。
「………アイリス、魔法に興味が出てきたのかい?…そっか、パパ嬉しいよ!それにしても古代魔法なんてどこで知ったんだい?」
嬉々として話す父に、聞くのは間違いだったかと一瞬思う。
「違うのパパ、今でも魔法を勉強する気は無いの。ただ古代魔法ってなにか気になっただけなの。」
その答えに父は少し気落ちしたのか、声のトーンがワントーン下がる。
「そうか、やっぱりまだ気乗りしないか。…えっと、古代魔法だったね。それはね文字通り昔に使われていた魔法なんだけどとても謎が多いんだ。」
「謎が多い?なんで?」
「解読できていないんだよ。今僕たちが使っている言葉とは違う言葉で構築されているんだ。解読するにも手こずっていてね、あまり手がかりがないんだよ。」
「なんで?魔法って受け継がれていくものじゃないの?」
「そうだね、僕たちが今使っている魔法は昔から受け継がれたものを改良したりして使われている。古代魔法はその様子がないんだ。不自然な程に突然使用されなくなっていてね、パパも研究が行き詰まって困っているんだよ〜。」
「ふーん、そうなんだ。待って、今パパ研究って言った?古代魔法の研究してるの?」
「そうだよ、パパの仕事は魔法の研究をしてその結果を国に伝えることだからね。古代魔法のことも調べているんだ。」
「パパの研究分野は生活魔法だって言ってたじゃん。この間だってお湯がもっと早く湧くための魔法での熱の加え方の研究が〜みたいなこと言ってたのに。」
私は捲したてるように話していく。生活魔法以外だと攻撃魔法程度しか知らなかったが、今日初めて聞いた古代魔法が父の研究分野だということに驚いたからだ。
「元々パパは生活魔法の研究をしていたよ。古代魔法の研究は受け継いだものなんだ。」
「受け継いだって誰から?」
「アイリスのママからだよ。まさか娘がパパの研究より先に興味を示したのがママの研究だったとはね。これが血ってやつなのかな…?」
そんなことをしみじみとした面持ちで父は話していた。母は私が11歳の時に差別主義者に捕まって、殺されてしまった。私は死んだ母を見たことは無い、父と逃げた先で伝えられたからだ。
「そっか、ママからなんだ…。」
私はなんて答えたらいいのか分からなくなり父の言った言葉をただ復唱した。
「うん、ママはパパより凄い研究者でね、古代魔法を少し解読したんだよ。研究資料は焼かれてしまったからパパは分からずしまいだけどね。」
そこでふと、彼が言っていた魔力残滓のことが気になった。
「ねぇパパは古代魔法は使えないんだよね?」
「あぁ、パパは呪文を唱えられないから使えないよ。」
「じゃあママは使えた?」
「呪文を唱えることさえできてたら使えたんじゃないかな?」
「じゃあさ、魔力残滓って使った人以外にも付くの?」
そこで父は不思議そうな顔をした。
「魔力残滓?なんで突然?」
「いいから、付くの?」
「基本は付かないよ。魔力残滓は魔法を使った時に出る不純物のようなものだからね、使った本人の体に残るんだ。」
そうなると私についていたものはなんだったのだろうかと言う疑問が湧いてくる。その時父があっと声を上げた。
「そういえば相手に魔法を付与する時は稀に付くことがあるらしいよ。パパは戦闘魔法系は専門外だからよく分からないんだけどね。」
魔法を付与する、そうなると母がなにか私に魔法をかけて、その残滓が残っていたということなのか、しかし母と最後にあったのはもう5年も前だ。そこまで残っているのか、さらに分からないことが増えてしまった。
考え込んでいると父が顔をのぞきこんで話しかけてくる。
「ところでアイリス、突然こんな質問してくるなんてどうしたんだい?」
父が疑問に思うのも当然だ。私は母が死んでから魔法を使うことも知ることも怖くなり、それまで行っていた魔法の勉強の一切を拒否していた。そのせいで魔力残滓のことも忘れていたし、古代魔法について何一つ知らなかった。
「あのね、パパ…。」
私は今日起こったことをありのまま父に話した。ひとしきり聞き終えると父は考える素振りを見せてから
「もしかしたらママはアイリスになにかの古代魔法をかけていたのかもしれないね。それにしても一目見ただけで残滓から古代魔法なんてよくわかったねその彼。」
「え?残滓って見ただけじゃ分からないの…?……パパ?」
父の方を見ると、独り言のように
「それにしても残滓がこんなに長く残っているなんて古代魔法は余程強力な魔法なのか…。」
とブツブツ言いながらペンを取り何かを書き留め始めていた。きっと研究心に火がついたのだろう。私は邪魔しないようにその場を後にした。部屋に戻った私はまだ母が生きていた跡が残っていた事実に嬉しさと悲しさを胸に抱きながら眠りについた。

次の日、ビクビクしながらいった学校はなんの代わりもなく魔法のマの字もなかった。昨日突然絡んできたジャックはこちらを少しも見ることすらせず拍子抜けするほどにいつも通り平和は一日になった。
ただ、昨日あんなふうに声をかけておいて用が無くなれば挨拶も無しとは薄情な話だ。
(勝手に私の秘密を暴いておいてハイサヨウナラなんてさせてたまるか)
なんて考えがふと過ぎった。そうだ、私は今彼に弱みを握られているんだ。その状況を何とかしないといけない。とりあえずもう一度彼と話して誰にも言わないように約束を取り付けないと私の平穏な生活は帰ってこないような気がした。そして私は放課後、今度はこちらから声をかけてやろうと決めた。

放課後、教室を出ていく彼を追いかける。
「ねぇちょっと待って!ジャック!」
思ったより早い足取りに慌てて声をかけると、ピタッと歩みが止まり
「なんだよ。」
とぶっきらぼうに返事をしてきた。
「話があるの、昨日の、アレ…。」
声をかけてから気づいた、ここは廊下、魔法のことなんて堂々と話せないということに。しどろもどろになる私に彼はため息をつき
「あぁ、いいぜ。帰りながら話そう。」
と答えまた歩き始めた。私は慌てて彼の後を追った。

--まだ途中--

4/29/2024, 7:16:27 PM