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 瞼の奥が眩しくて、目を開いた。
 寝る前と同じ、シミひとつないホテルの天井だ。てっきり朝になったのかと思ったが、カーテンの隙間から光が滲んでなかった。
 代わりに、サイドテーブルに置かれたライトがついていた。オレンジ色に優しく点るはずのそれは、ベッドで寝転がる私の角度的にカバーが間に合ってなかった。
 とにかく眩しいライトを避けようと、モゾモゾ動いていたらすぐそばで笑い声が聞こえてきた。目線を動かすと、彼がベッドの端に腰をかけていた。
「起きた?」
 彼は手にしていたペットボトルを渡してきた。受け取った私は気怠い体を起こして、キャップが開いたままのそれを口に含んだ。無色透明の何の味もしない水が乾いた体を潤してくれてる。じんわりと染み渡るのを感じた。
 半分以上残ったペットボトルを彼に返すと、キャップを閉めてサイドテーブルに置いていた。そしてそばに置いてあった煙草を取り、一本取り出した。
「まだ寝ててよかったのに」
 そう言って口に煙草を咥える彼に、首を振りながらライターを手に取る。火の灯ったそれをそっと近づけると、彼は嬉しそうに顔を寄せていた。煙草に火がついたのを確認して、ライターの火を消す。そのまま彼が無造作に置いた煙草の箱のそばに置いて、柔らかいマットレスへ体を沈めた。甘くて鈍い倦怠感の中、体を起こし続けるのはキツかったのだ。
 彼はベッドに全身を預ける私の頭を撫でた。その手つきはさっきまでの情熱的な触れ方とは違って、人の温もりを感じた。その無責任で中途半端な優しさが、今は無性に悲しくて寂しかった。

「優しくしないで」

 これ以上、私を夢中にさせないで。

 目に溜まった涙を堪えて呟いていた。きっと彼には言葉の裏の意味までは伝わらない。その証拠に、彼は私に向かってニヤリと口角を上げただけだ。
 煙草を消して、私の上に覆い被さった。近づいてくる唇を抵抗なく受け入れた。そっと目を閉じて、体全体が溶けてしまいそうな感覚を味わう。
 首に回そうとした手を絡め取られて、ベッドに押さえつけられた。そのうち私をうっとりさせていた唇が、耳や首に移った。くすぐったくて堪えられず過敏に反応して、体が震えた。そんな私を、彼はほんの少し笑った。

 心地良く痺れる刺激が脳内の大半を占める中、彼の左薬指に残った跡を撫でるたび、これが最後と考えた。



『優しくしないで』

5/3/2024, 12:59:14 AM