Una

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「ねぇ、お母さん」
「どうしたの?」
「なんで私たちこんなに苦労して生きているの?」
「さぁねぇ、お母さんにも分からないわ。」

僕たちはとっても寒い雪国で暮らしている。昔はお隣さんや、同じ地域に住んでいた人達が大勢いたけど、住める場所が少なくなった今、家を無くさざるを得なかった人達がが大半だ。僕たちの周りの家が無くなり始めたのは、僕たちが一番この世で恐れている"偉い人"と呼ばれる人達が原因である。彼らは僕たちの家や命を次々と奪っていく何とも恐ろしい存在。だけど、彼らに気に入られれば、住む場所が与えられ、美味しい食事も与えられる。安泰な暮らしが送れるというわけだ。僕たちのような崖っぷちの人生を送っている場合、どうやって偉い人に自分たちを見つけさせるか、気に入られるかを毎日のように考え、探っている。僕の知っている中にも何人か彼らに気に入られ、今でも豊かな暮らしをしていると聞く。昔は気に入られることなどなく、彼らに会うと一瞬で命を奪われてしまうため、今のような生活に幸せを感じる者が多かったが、彼らに気に入られるというのがとても身近に感じられるようになったからこそ、誰もが理想の生活を頭の中で作り上げるようになった。そして僕もその内の一人だ。

「僕たちも早く偉い人に気に入られたいな。」
「貴方は何が夢なの?ママに教えて。」
「そうだなあ、夢は沢山あるよ。まず、広いお家が欲しい。後は美味しいご飯が食べたい。」
「ご飯は毎日食べれてるじゃない。」
「ご飯は毎日食べれてるんだけど、やっぱりいつも同じじゃ飽きちゃうよ。偉い人に気に入られたら、毎日違うご飯が出てくるんでしょ?夢のようだよ。」
お母さんに話したって何も叶わないのに、それでも僕はお母さんに自分の夢を話すのが好きだった。お母さんもいつも僕の話を聞いてくれた。何気ないこの時間が、僕にとっては宝物のような時間だった。

僕の夢に毎日出てきたあの人達が、現実に現れたのはある日の事だった。三人ぐらいの人達が僕とお母さんをジロジロ見つめながら、何かを話している。三人の内の一人は拳銃を持っていて、その銃口は僕たち親子に向けられている。お母さんと僕はただ立ち尽くしているばかりだった。少しでも動いたら、彼らに何かされるような気がして。暫く経つと、彼らがこちらに近づいてきて僕らを眠らせた。麻酔銃だろうか。僕らの中では銃で打たれたような感覚で眠くなる、というのが彼らに気に入られた合図だった。その為、僕は打たれた感覚がただただ嬉しくて、朦朧とした意識の中でこの先の生活を夢見ていた。
眠りから醒めると僕たち親子には既に新しい家が与えられていて、家の中には美味しそうなご飯が置かれている。興奮しながらお母さんを叩き起して、僕はこれから理想の生活を過ごせるとお母さんに口早に話した。お母さんも家の中に置いてある美味しそうなご飯を見て、目を丸くさせていた。やっと僕たちも勝ち組になれたんだ。

…そんな事を思ったのも束の間。体内で一週間が経った頃、僕たち親子は疲れ果てていた。前は涼しかったのに、今は太陽に照らされて凄く暑い。それに、ご飯は決まった時間にしか与えられない為、お腹が空いて空いて仕方がない日がある。それにそれに、僕たちを監視するかの如く、無数の知らない人たちが僕たちの目の前に毎日のように現れる。僕は今まで自分がいた環境が凄く恵まれていたことを、今になって知った。僕はなんて贅沢を言っていたんだろう。隣で寝転び、動かなくなった母を見つめて呟く。
「そっか。僕が本当にしたかったことは、本当の夢は、お家を変えることでも、色んな種類のご飯をお腹いっぱいに食べることでも、偉い人に気に入られることでもなかったんだ。」
今日もまた、言葉が伝わらない彼らに僕たち親子は監視されている。

_20xx年
ある一人の科学者が動物の脳内を理解しようと研究を続けた結果、動物の脳内を見ることが出来る機械が発明された。そして、その研究の延長線、機械のお試しも含め、彼はまたある一つの研究を開始した。それは「絶滅危惧種になると言われているホッキョクグマの親子の一生を覗き、一回の人生で変わり続ける子の脳内を調べる」というものだった。野生から人間の支配下に置かれた時、彼らはどのように感じ、どのような行動をするのか。この彼の研究には誰もが興味を持ち、ホッキョクグマの親子が動物園に展示された日から、毎日のように人が訪れたという。そして科学者は研究が終わった後に、このような言葉を残している。

「最初、ホッキョクグマの子は私たち人間に支配されることを望んでいた。その結果、彼らは私たち人間を"偉い人"だと崇めていた。が、実際自分が支配されると、私たち人間に対して恐怖を覚えた。その結果、最終的に私たちは"偉い人"から"言葉が通じない彼ら"と変換されたと思われる。」

「彼が最期に望んだ本当の夢は、私たち人間の手から逃れることだったのかもしれない。」

「したいこと」

6/10/2024, 12:30:48 PM