Open App

静寂に包まれた部屋

パシャパシャと音がする。音の主は未だに名前を覚えられない種類の亀で、調べたところ原産国はアメリカらしい。当初の予定より大きく育ったのだと君が嬉しそうに話すから、亀のことはよく分からないけれど愛されて育ってるんだねと話し掛けることから始めた。
人間のことが大好きらしいこの亀は、人間が動くと一緒になって動くから。寝ている君を起こさないようにとせっかく静かに起きたのにパシャパシャと音がする。

「ね、シオちゃん、しーだよ」

小声で話し掛けてみてもパシャパシャと水をかくだけで一向に大人しくはなってくれない。しょうがないか、亀だもんね。
独りごちて、薄暗い部屋の中をそっと移動して仕事着に着替える。昨日は遅くまでゲームをしていたから、きっと朝のお見送りはない。起こしたいわけでも起きてほしいわけでもないから、どうかそのまま眠っていてと心の中で話し掛ける。
玄関まで来ればさすがに亀だって大人しくなって、部屋は静寂に包まれる。ワンルームのアパートだから玄関からでも亀の水槽は見えるのだけれど、亀からは見えていないらしい。かわいいね。
ここは君の部屋で、自分は今のところただの訪問者だから。教えてもらった場所から鍵を取って、外から鍵を掛けたらドアの郵便受けにそっと落とす。カランという音が響いて少しだけ心がざわつく。
起きないでね、君の邪魔にはなりたくないから。

9/29/2024, 12:20:18 PM