白井墓守

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『紅の記憶』

「なぁ、“あかのきおく”ってなんだと思う?」
「は? いきなり、なんですか?」

脳天気な俺がそう聞くと、神経質な幼馴染が眉間に皺を寄せてそう聞き返してきた。

「ゲームのテキストでさ。『ぐっ!紅の記憶が、俺を苦しめるっ!!』みたいな感じで言っててさぁ……」
「ゲームなんてしてたら、馬鹿になりますよ」

率直に冷たく吐き捨てられた幼馴染の言葉に胸が詰まる。

「うっ……ちょ、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。み、みんなやってるし、な? な?」
「…………」

無言の圧力が痛い。
目が言っている。
『そう言って、僕よりテストの点数低くて赤点取って泣きついたのは、どこの誰なんですか』と。

「一日一時間だけ、一日一時間だけだから、お願いっ!」
「…………はぁ、まあ、いいですよ、はい」
「やった!」
「……で、なんでしたっけ? アカの記憶?」
「ん?? あっ、そうだ! それな!! なんだと思う?」

腕を抱えて首をぐるんぐるんと傾げつつ悩む俺に、クールで秀才な幼馴染様は鼻で一瞥をくれた。鼻フンだ。斬新だな。

「そんなの、ストーリーを進めれば分かるのでは?」
「ばっ! おま、ばっ!!」
「馬鹿じゃないです、君より賢いです。むしろ、君が馬鹿です」
「そーいうんじゃないんだってぇ!! 想像するのが、楽しいの!!」

そう言うと幼馴染は、ふむ……と口元に手を当てて、神経質そうに、もう片方の手でトントンと机を叩いた。
珍しい。アイツはいつも本が痛むからといって、本を開いて伏せることはせず、常に栞を挟んで閉じるのに。今だけは、栞を挟む暇が惜しかったのか、咄嗟だったのか、それとも無意識か。本を開いて伏せている。

「それはアレですか。クラスの女子が『○○くんって、誰が好きだと思うぅ〜』とかいう、いや本人に聞けよ、僕に聞くなよとかいう、そういうヤツですか」
「そうだけど、お前なんかあった? 恨み篭ってね?」
「いや、ちょっと。なるほど。今日(こんにち)の若者は、こうやって友好を深めるものなのですね。知見(ちけん)を得ました」
「でたお前お得意のチケン(知見)。こんにちの、って。俺、今日(きょう)はじめて聞いたかも。てか、普通じゃね? 逆にどう深めるのか気になるわ」
「未来の日本に対して、どのような社会になることを期待し、また自分が社会に対してどのような存在になるかなど、そういった建設的な夢の話し合いを……」
「お前、坂本龍馬なの? 日本夜明けは近いぜよ! とか言うの?」
「もう二度としません」
「…………なんか、ごめん。本当に」

無言の静寂。
てか、何の話だったっけ……??

「で。アカの記憶ですか?」
「あっ、そう!」

ぽけっと、アホの形相を晒してた俺に、アイツがサラリと話の流れを戻してくれた。やっぱ、コイツは出来るヤツだぜ!!

「それは、アカは、どう書くのですか? レッド? それとも風呂の垢ですか?」
「それがさぁ、ちょっとカッコつけて、くれないの紅!」
「じゃあアレじゃないですか?」
「なになに? やっぱ、炎とか、夕陽とか。あとは怒りとか?」
「……あなたって意外と詩人ですよね。僕が思ったのは、一つ」
「一つ?」
「紅茶じゃないですか?」
「……え、紅茶って、あの、お嬢様が飲んでる紅茶? あのセレブ御用達の、あのお紅茶ってヤツ?」

俺が首を傾げて聞くと、アイツは嫌そうに顔を歪めて、一つため息をつき首を呆れたように振ると、神経質に眼鏡をくいっとした。

「君がどんなイメージを持っているのか知らないですけど、日本の爺婆が縁側で啜っている緑茶と原料は同じですよ」
「え、そうなん?」
「ええ、カメリアシネンシスという茶の木をどれほど発酵させたかの違いしかないですから。だからきっと、その紅の記憶に蝕まれ男?はですね。緑茶だと思って飲んだお茶が紅茶で、そのトラウマに苦しめられているんですよ」
「えぇ、まじか……でもバトルの場だぜ? 茶とか思い出すか?」
「敵キャラの髪色が、紅茶色だったのでは?」
「……あ、そういえば、そうだったわ」
「決まりですね」
「すっげぇ! 流石、学年一位の頭脳!」
「いえ、それほどでも……」

そう言ってアイツは、誇らしげな顔で眼鏡をくいっとあげる。
口では謙遜しつつも、やっぱ嬉しいのだろう。


……ちなみに、後日ストーリーを進めて分かる事だが、紅の記憶に、紅茶とか全然関係なかった。笑った。

おわり

11/23/2025, 4:00:35 AM