G14(3日に一度更新)

Open App

111.『時を紡ぐ糸』『心の深呼吸』『霜降る朝』


 すいません、隣の席に座ってもいいですか?
 カウンター席でラーメンを食べるのが好きでして。
 無理にとは言いませんが、よろしければ……

 ……ありがとうございます!
 では隣に失礼します。

 店長さん、しょうゆラーメンお願いしまーす。
 麺細目、バリ堅で!
 トッピングは、うーん、今日は無しで。
 これで良しと。

 ふふ、やっぱりお昼時は多いですね。
 本当はもっと早く来たかったんですけど、母の目を盗むのに時間がかかってしまって……
 母さんったら、私がラーメンばかり食べるものだから、『不健康だ!』って怒るんですよ。
 酷いと思いませんか?
 私はこんなにもラーメンを愛しているのに!

 ……どうかしましたか?
 私の顔をじっと見てますが、顔に何かついてますか?

 ……私が綺麗、ですか……
 もう、いやですねえ。
 ここはラーメンを食べる場所であって、冗談を言う場所じゃないですよ。

 ……冗談じゃない、ですって?
 もう、私を褒めたって何も出ませんよ。
 あんまり私を褒めると、氷漬けにしてコレクションしちゃいますよ!

 ……そんなにビックリしないでくださいよ。
 ただのジョークです、雪女ジョーク。
 ええ、そうです。
 私、雪女なんですよ。

 ……え、雪女がラーメン食べても大丈夫なのかって?
 何言っているんですか?
 常識的に考えたらすぐに分かるでしょう?

 だめです。
 ラーメンを食べるたびに、体調を崩します。
 死にかけたこともあります。

 ですが、それでも私はラーメンを食べます。
 ラーメンは美味しいから。
 明日死ぬと分かっても、私はラーメンを食べます。
 それほどまでに、ラーメンを愛しています。

 ラーメンは偉大な料理です。
 この料理が発明されてから、あらゆる改良が施されました。
 しょうゆ、とんこつ、みそ、しお……
 スープにはたくさんのバリエーションがあります。

 麺も同様です。
 あの地味な見た目に、どれだけ改良が施されたか分かりますか?
 太さの種類もさることながら、硬さまでたくさんのバリエーションがあります。

 究極のラーメンを作るため、数多の料理人が最高の麺を追い求めました。
 この一本一本に、どれほどの情熱と歴史の積み重ねが詰まっているか分かりますか?
 まさに時を紡ぐ糸です!

 あ、話し過ぎちゃいましたね。
 私ったらラーメンの事になると、どうしても熱が入っちゃうんです。
 ラーメン好きな雪女なんて、幻滅しちゃいますよね……

 ……え、そんなことない、ですか?
 あなたもラーメンには目がない、ですか!?
 私、感激です!

 どれだけラーメンを熱く語っても、仲間に呆れられるだけ。
 悲しみのあまり冷気が漏れ出して、何度、霜降る朝を迎えたことでしょう……

 でも私は今日、ここで同志に会えました。
 私は今日と言う日を絶対に忘れません!
 ラーメンを食べながら、じっくりと語り合いましょう!

 ああ、興奮しすぎて溶けてしまいそう。
 落ち着け、私。
 まずは心の深呼吸。
 すーはーすーはー。

 それにしても、今日みたいな記念すべき日に、トッピング無しは寂しいですね……
 店長!
 やっぱりトッピングは、全部乗せでお願いしま――

 ……あの、店長。
 何です、そんな申し訳なさそうな顔をして。

 ……ラーメンは出せない、ですって!?
 ここはラーメン屋、そんな無法が通るわけがないでしょう!
 ラーメンを出さないラーメン屋なんて、断じてありえません!

 ……入り口を見ろ?
 ……私にお客さんが来ている?
 何を言っているんですか。
 こんな所に、ラーメンの崇高さを理解しない仲間が来るわけが――

 あっ。
 いえ、知らない雪女ですね。
 間違っても母ではありません。

 縁もゆかりもないただの他人です。
 無視して構いませんよ。
 さ、ラーメンを出さないなんて意地悪は言わないで、早く作って下さい。
 雪女ですが、ちゃんとお金を持って――

 待って、お母さん!
 もう少しだけ待って!
 私はここでラーメンを食べるの!

 ミニラーメンで我慢するから!
 ちょっとだけ、ちょっとだけだから!
 あっ、叩かないで!
 分かったから、大人しく戻るから!

 ううう、なんでお母さんに場所がバレて……
 はっ、まさか店長、私を売ったんですか!?
 あれだけこの店の売り上げに貢献し、SNSでアピールして知名度を上げた、この私を裏切ったんですか!
 お客さんが来るようになったのは、誰のおかげだと思っているんですか!

 許さない!
 絶対に許さない!
 私を裏切った人間を絶対に許さない!

 覚えていろよ、愚かな人間どもよ!
 絶対に後悔させてやる。
 絶対に後悔させてやるからな、ニンゲンドモォォォォォ――

(雪女は、母親と思わしき女性に引きずられて、店を出ていく)
(それを見た店長が、申し訳なさそうに話しかけてきた)

 騒がしてしまって、申し訳ありません。
 あの子の代わりに、私がお詫びいたします。

 誤解しないでほしいんですけど、本当は優しくていい子なんですよ。
 ただラーメンの事になると、暴走しがちなだけで……

 ……見たら分かる、ですって?
 まあ、そうですね。

 そのくらいラーメンが好きって言う事なんですが、まあ、食べ過ぎましてね。
 そのせいで体を壊して、食事制限が出ているんですよ……
 
 普段は家族が見張っているんですが、たまに隙を見て来店してくるんです。
 『死んでも食べたい』と言ってもらえるのは、料理人として光栄なんですけどね。
 本当に死なれると困るから、家族に通報することになっているんです。

 ……びっくりしたけど気にしてない、ですか。
 はは、そう言ってもらえると助かります。

 それよりラーメンが食べたい?
 大丈夫、分かってますよ。

 ただその前に、入り口の方を見てもらえませんか?
 ほら、男の方がいるでしょう?
 はい、あの険しい目つきでこちらを見ている男性です。

 知らない人ですって?
 いえいえ、あなたのお父様ですよ。
 誤魔化しても無駄です。

 あの方が、あなたにお話があるとか……
 それも、ラーメンについてですって。

 ほら、行ってらっしゃい。
 ここにいても無駄ですよ。
 ラーメンは絶対にお出ししませんから。

 そんなに恨みがましい目で見ないでください。
 ちゃんとお父様と一緒に、病院に行ってくださいね。
 お医者さんから許可が出たら、その時はお出ししますよ。

 ……病院に行くくらいなら死んでやる、なんて言わないでください。
 本当に死んだら、二度とラーメンを食べられないんですから。

12/3/2025, 10:06:54 AM