111.『時を紡ぐ糸』『心の深呼吸』『霜降る朝』
すいません、隣の席に座ってもいいですか?
カウンター席でラーメンを食べるのが好きでして。
無理にとは言いませんが、よろしければ……
……ありがとうございます!
では隣に失礼します。
店長さん、しょうゆラーメンお願いしまーす。
麺細目、バリ堅で!
トッピングは、うーん、今日は無しで。
これで良しと。
ふふ、やっぱりお昼時は多いですね。
本当はもっと早く来たかったんですけど、母の目を盗むのに時間がかかってしまって……
母さんったら、私がラーメンばかり食べるものだから、『不健康だ!』って怒るんですよ。
酷いと思いませんか?
私はこんなにもラーメンを愛しているのに!
……どうかしましたか?
私の顔をじっと見てますが、顔に何かついてますか?
……私が綺麗、ですか……
もう、いやですねえ。
ここはラーメンを食べる場所であって、冗談を言う場所じゃないですよ。
……冗談じゃない、ですって?
もう、私を褒めたって何も出ませんよ。
あんまり私を褒めると、氷漬けにしてコレクションしちゃいますよ!
……そんなにビックリしないでくださいよ。
ただのジョークです、雪女ジョーク。
ええ、そうです。
私、雪女なんですよ。
……え、雪女がラーメン食べても大丈夫なのかって?
何言っているんですか?
常識的に考えたらすぐに分かるでしょう?
だめです。
ラーメンを食べるたびに、体調を崩します。
死にかけたこともあります。
ですが、それでも私はラーメンを食べます。
ラーメンは美味しいから。
明日死ぬと分かっても、私はラーメンを食べます。
それほどまでに、ラーメンを愛しています。
ラーメンは偉大な料理です。
この料理が発明されてから、あらゆる改良が施されました。
しょうゆ、とんこつ、みそ、しお……
スープにはたくさんのバリエーションがあります。
麺も同様です。
あの地味な見た目に、どれだけ改良が施されたか分かりますか?
太さの種類もさることながら、硬さまでたくさんのバリエーションがあります。
究極のラーメンを作るため、数多の料理人が最高の麺を追い求めました。
この一本一本に、どれほどの情熱と歴史の積み重ねが詰まっているか分かりますか?
まさに時を紡ぐ糸です!
あ、話し過ぎちゃいましたね。
私ったらラーメンの事になると、どうしても熱が入っちゃうんです。
ラーメン好きな雪女なんて、幻滅しちゃいますよね……
……え、そんなことない、ですか?
あなたもラーメンには目がない、ですか!?
私、感激です!
どれだけラーメンを熱く語っても、仲間に呆れられるだけ。
悲しみのあまり冷気が漏れ出して、何度、霜降る朝を迎えたことでしょう……
でも私は今日、ここで同志に会えました。
私は今日と言う日を絶対に忘れません!
ラーメンを食べながら、じっくりと語り合いましょう!
ああ、興奮しすぎて溶けてしまいそう。
落ち着け、私。
まずは心の深呼吸。
すーはーすーはー。
それにしても、今日みたいな記念すべき日に、トッピング無しは寂しいですね……
店長!
やっぱりトッピングは、全部乗せでお願いしま――
……あの、店長。
何です、そんな申し訳なさそうな顔をして。
……ラーメンは出せない、ですって!?
ここはラーメン屋、そんな無法が通るわけがないでしょう!
ラーメンを出さないラーメン屋なんて、断じてありえません!
……入り口を見ろ?
……私にお客さんが来ている?
何を言っているんですか。
こんな所に、ラーメンの崇高さを理解しない仲間が来るわけが――
あっ。
いえ、知らない雪女ですね。
間違っても母ではありません。
縁もゆかりもないただの他人です。
無視して構いませんよ。
さ、ラーメンを出さないなんて意地悪は言わないで、早く作って下さい。
雪女ですが、ちゃんとお金を持って――
待って、お母さん!
もう少しだけ待って!
私はここでラーメンを食べるの!
ミニラーメンで我慢するから!
ちょっとだけ、ちょっとだけだから!
あっ、叩かないで!
分かったから、大人しく戻るから!
ううう、なんでお母さんに場所がバレて……
はっ、まさか店長、私を売ったんですか!?
あれだけこの店の売り上げに貢献し、SNSでアピールして知名度を上げた、この私を裏切ったんですか!
お客さんが来るようになったのは、誰のおかげだと思っているんですか!
許さない!
絶対に許さない!
私を裏切った人間を絶対に許さない!
覚えていろよ、愚かな人間どもよ!
絶対に後悔させてやる。
絶対に後悔させてやるからな、ニンゲンドモォォォォォ――
(雪女は、母親と思わしき女性に引きずられて、店を出ていく)
(それを見た店長が、申し訳なさそうに話しかけてきた)
騒がしてしまって、申し訳ありません。
あの子の代わりに、私がお詫びいたします。
誤解しないでほしいんですけど、本当は優しくていい子なんですよ。
ただラーメンの事になると、暴走しがちなだけで……
……見たら分かる、ですって?
まあ、そうですね。
そのくらいラーメンが好きって言う事なんですが、まあ、食べ過ぎましてね。
そのせいで体を壊して、食事制限が出ているんですよ……
普段は家族が見張っているんですが、たまに隙を見て来店してくるんです。
『死んでも食べたい』と言ってもらえるのは、料理人として光栄なんですけどね。
本当に死なれると困るから、家族に通報することになっているんです。
……びっくりしたけど気にしてない、ですか。
はは、そう言ってもらえると助かります。
それよりラーメンが食べたい?
大丈夫、分かってますよ。
ただその前に、入り口の方を見てもらえませんか?
ほら、男の方がいるでしょう?
はい、あの険しい目つきでこちらを見ている男性です。
知らない人ですって?
いえいえ、あなたのお父様ですよ。
誤魔化しても無駄です。
あの方が、あなたにお話があるとか……
それも、ラーメンについてですって。
ほら、行ってらっしゃい。
ここにいても無駄ですよ。
ラーメンは絶対にお出ししませんから。
そんなに恨みがましい目で見ないでください。
ちゃんとお父様と一緒に、病院に行ってくださいね。
お医者さんから許可が出たら、その時はお出ししますよ。
……病院に行くくらいなら死んでやる、なんて言わないでください。
本当に死んだら、二度とラーメンを食べられないんですから。
12/3/2025, 10:06:54 AM