G14(3日に一度更新)

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 世界は不条理で満ちている。
 『天は人の上に人を作らず』とは言うけれど、世の中には不公平や不平等が当然のようにまかり通っている。
 偉い人たちは平等公平を叫ぶけれど、一向に不条理は無くならない。
 いったい彼らは何をしているのだろうか……
 彼らの怠慢のしわ寄せが、私に不条理として襲い掛かっていた。

「お前は追試だ。
 赤点だったら、春休み返上で補習な」
 どこか疲れ切った顔をした担任から告げられる、無慈悲な宣告。
 私は陰鬱な気持ちで、その言葉を受け止めた。

 春休みは、一種の天国だ。
 世の学生たちが聞けば、誰もが狂乱して喜ぶだろう。
 かくいう私も胸が高鳴る。
 夏休みほどじゃないけれど、春はイベントが目白押しなのだ。

 なのに、なぜこんな事になってしまったのか……
 確かに勉強は苦手だけども、赤点回避のために頑張った。
 なのに、私に突き付けられた『追試』という現実。
 やはり世界は不条理に満ちている。
 そんな事を考えながら自分の席に座ると、隣の席の沙都子が意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「バーカ」
 とても傷心の友人に掛ける言葉とは思えない言葉。
 沙都子の悪口はいつものことだけども、今日はことさらに堪える。
 でも泣かないよ。
 だって私は悪い事をしていないもん。

「百合子のことだから、どうせ徹夜でゲームでもしていたんでしょ?」
 なんという言いがかりであろう。
 確かにゲームは好きだが、徹夜なんてしていない。
 自らの名誉のためにも、間違いは正すことにした。

「沙都子は見くびっているね。
 長年のゲーマー生活で培った、私の自制心を!」
「具体的には?」
「ゲームは寝る十分前まで。
 時間管理は完璧さ!」
「……で、勉強したのかしら?」
「……5分だけ」
「バーカ」
 沙都子は、まるで路傍のゴミでも見るかのような目線を送って来る。
 長い付き合いだから分かるが、これは本気で路傍ゴミと思っている目だ。
 この目を何度も見たことがあるから間違いない。
 ……ちょっとだけ泣きそう。

「で、どうするつもり?
 わざわざ春休みに学校に来たくないでしょ?」
「当然だね。
 こうなっては万難を排するべく、やりかけのゲームをクリアするよ」
「なんでやねん!」
 沙都子の口からコテコテの関西弁が!?
 付き合いは長いけれど、初めて聞いた。

「ねえ、冗談よね。
 冗談と言って!」
「凄い心外なんだけど!
 なんで本気でドラクエをやると思われているの!?」
「日頃の行いよ!」
 ぴしゃりと言い放たれる。

「前々から思っていたけど、アナタ、よくこの学校に受かったわよね。
 百合子ってば、けっこう運がいいのかしら?」
「当てずっぽうじゃないやい!
 ちゃんと勉強して、実力で合格したんだよ」
「実力……
 ああ、替え玉試験!」
「……私ってそんなに信用ならない?」
 想像していたよりも、ずっと低い信用度で少し悲しい。
 というか、それを面と向かって言うかね。
 私たちは親友だと思っていたけど、認識を改めないといけないかもしれない……

「長い付き合いだけどさ、アナタが勉強に本気出すところ見たことないのよね。
 合格したって聞いた時、耳を疑って耳鼻科に行ったわよ」
「そこまで!?」
「あと警察に連絡すべきか迷った」
「ひどい!」
 まあ、確かにそう思ってしまう位には、私の成績は悪いけども。
 両親ですら、あまりの衝撃に熱を出したからね。

「まあいいわ。
 とりあえず、勉強を頑張った仮定で話を進めましょうか?」
「仮定で進めないで」
「それで、なぜ頑張ったのかしら?
 勉強嫌いでバカなアナタが勉強するなんて、よっぽどの理由があったんでしょうね」
「一言多いなあ……
 それで理由だけど、それはこの学校の学食を食べたかったからだよ」
「……ふぇ?」
 予想外だったのか、沙都子は変な声を漏らす。
 今日は『初めての沙都子』をよく見る日だなあ。

「『進学は学食の美味しいところ』って決めててね。
 それで、自宅から通えそうなところがここだったの。
 あの時は人生で一番頑張ったよ」
「食欲だけで、受験を乗り切ったの……」
「何言っているのさ。
 人間は食事をしないと生きてはいけない。
 科学や社会の発展だって、そもそもは食料を効率的に安定して集めるためにあるの。
 食事のためなら、不可能を可能にするのが人間なのさ」
「くっ、食べ物が絡むと、急にIQが良くなるわね……」
「そういえば、今日の食堂は『お代わり無料』の日だったね。
 よーし、記録更新しちゃうぞ!」
「一瞬でIQが溶け落ちたわ……」
「なにか言った?」
「なんでも」
 何か言いたげの様子で、頭を振る沙都子。
 いつもなら歯に衣着せぬ物言いをするのに珍しい事だ。

「まあ、いいわ。
 それよりも……」
 沙都子は私の後ろに視線を投げかけた。

「――そういう事だそうですよ、先生」
「え?」
 驚いて後ろを振り向くと、そこには補習を宣告した先生が私を見下ろすように立っていた。
 相変わらず疲れたような顔をしてるが、目には怪しい光を灯し口元が微かに歪んている。
 そのアンバランスで不気味な表情を見て、私は猛烈に嫌な予感を覚えた。

「先生は聖職者ですよね。
 まさか、カワイイ生徒に罰なんて……」
「ほう、まさか学食禁止などと言われると思っているのかね?
 そんな酷い教師に見えるのかね?」
「そんなことありません。
 私は先生を信じています!」
「安心しろ、そんな事はしない。
 近頃はすぐに『体罰だ』などとネットで炎上するからな」
 先生の言葉に、ホッと一安心する私。
 だが先生は、表情を変えず不気味に笑っていた。

「ところで、食堂には裏メニューがあるのを知っているか?」
「……へ?」
「いや、忘れてくれ。
 お前には関係ない話だ」
「ちょっと待ってください。
 うちの食堂に、裏メニューなんてあるんですか!?」
「忘れた方が身のためだ。
 裏メニューは、成績優秀者にしか出されないからな。
 お前には縁のない話だ」
「ちょ、ちょっと待って!」
「それこそ、テストで90点以上取らない限りな」
「……ッ!」

 先生は手をひらりと振って、教壇へと戻っていく。
 私はそれを黙って見送ることしか出来なかった。
 そして思う。
 大人ってなんて汚いのだろう。

 私は勉強が嫌いだ。
 だけど、『裏メニュー』と聞いて黙っているほどお利口じゃない!
 私が道理を弁えているのなら、最初からこの学校に来てなどいないのだ!

 でも現実は非情だ。
 前回のテストで10点を叩き出した人間が、一週間後のテストで90点……?
 無理だ。

 そんなことが出来るなら、そもそも赤点なんて取ったりはしない。
 自分の馬鹿さ加減に打ちひしがれていると、そっと肩に暖かい手が触れた。
 顔を上げると、そこには聖母のような微笑みを浮かべた沙都子がいた。

「大丈夫よ、百合子。
 アナタなら出来るわ。
 さっき不可能を可能にするって言ってたじゃない」
「沙都子……」
 沙都子が、力強く頷いた
「アナタなら、きっとお代わり記録の更新が出来るわ。
 だから裏メニューなんて忘れて、今日のお昼に集中すべきよ」
 慈愛に満ちた表情の裏で、沙都子の口角がぴくぴくと動いている。
 私は確信した。
 こいつ、一ミリも私のことを信じてない……

「ざけんな!
 私はやれば出来るってところ、見せてやるよ!」

 食堂の裏メニューは絶対に食べる。
 沙都子の心底馬鹿にした顔を見て、私は固く決意したのだった。

3/24/2026, 1:19:29 PM