もう、この町ともお別れだ。
私は大きな荷物を抱え、バスを待つ。明日からは彼との新生活が始まるのだ。
私はこの町でずっと育った。高校も大学も、ここから通える場所を選んだから、他の土地で暮らしたことはない。
だから、大学で出会った彼と同棲することを、最初は両親に猛反対された。でも、いつでも帰ってこられる距離ということもあり、なんやかんや納得してもらった。
正直、この選択が正しかったのか、少しだけ自信がない。彼と同棲してうまくやっていけるのか、そんなのまだわからないからだ。
気づけばスニーカーの先を眺めていた。
同棲を夢見ていた時はあんなにワクワクしていたのに。いざ現実になると思うと、途端に気が重くなってしまったようだ。
こんな暗い気持ちでいてはダメだ。
私は顔を上げた。
目の前の道路の向こうに広がる草原が、目に映る。
そこには小さなピンク色の花が咲き乱れていた。この町の至る所に咲いている、名の知らぬ花だ。家の脇にも、小さい頃によく遊んだ公園にもある。
その草原を、小学校低学年らしき男の子が、白いTシャツと短パン姿で駆けていた。
懐かしいな。私もああやって走り回ってたんだっけ。
転んで泥まみれになって、お母さんに何度嘆かれたことか。
でも、ここより都会である大学の近くで暮らす彼の家の周りに、この花は咲いていない。
また胸が、寂しさにキュッと締め付けられる。
「どーぞ!」
と、突然声がして、気づけば私の目の前には、一人の男の子が立っていた。さっき草原で見た子だ。太陽のように眩しい笑顔を浮かべて、左手をこちらに突き出している。握られていたのは、あのピンク色の花だった。
私があの草原を眺めていたから、欲しがっていると思ったのだろうか。
しかしその疑問を口にすることはなく、私は荷物を落とさないように気をつけながら、その可愛らしいプレゼントを受け取った。
「ありがとうね」
「うん!」
男の子は満足げに走り去っていた。
それと入れ替わりにタイヤの音がして、待っていたバスがやってきた。
受け取った花の茎のほんのりとした温かさを感じながら、私は車内へと足を踏み入れる。
思いがけない贈り物をくれた男の子に励まされた気がして、自然と心細さは消えていたのだった。
2/27/2025, 12:41:00 PM