届かないのに。
手を伸ばしても、伸ばしても。
もう彼には届かない。
彼は病気で死んだ。生前、毎日苦しそうに息をする彼の姿に、言う言葉など見つからなかった。
毎日乗る電車。明日へと繋ぐ電車に、ついに彼は乗れなかったのだ。彼を置き去りにして発車した電車は白い世界に入り込み、翌朝に連れていく。
翌朝、病院で彼の訃報を聞いた私は片手に、彼が綺麗な字で書いてくれた手紙と、彼と二人で撮影した写真を握りしめ、部屋で泣いた。
電車など乗らなくていい。彼の傍にいられるのならば、終電の電車に乗りたくなどない。
毎日何本も発車される電車。就寝時間に人は翌朝に連れて行ってもらうための電車に乗るそう。
私は毎日終電だった。0時を回る終電を逃せば、翌日には連れて行ってもらえない。電車に乗れず眠りに落ちたものは魂を抜かれ、電車に乗れず、歩いて翌朝に向かう線路を辿る者もいる。いわゆる徹夜だ。
私は駅員に手を掴まれ、電車に強引に押され、乗せられた。
「私に彼がいるの!彼がいないなら乗らない!」
叫んでも、叫んでも。電車は私を閉じ込め発車する。
持ち出せない私の思い出も置き去りにして、電車は発車する。もう届かないのに。
忘れたくなかった。
届かなくても伝えたかったこと。
………愛してるよ。って。
『…電車、発車致します。』
『ここは、貴方様にしか見られない特別列車』
『終点は、"翌朝”でございます。』
6/17/2025, 4:27:25 PM