せつか

Open App

一人で海に行くのが好きだと言った。
誰もいない朝に聴く潮騒。
日中にはしゃぐ子供連れや恋人達。
凪いだ水面に降り注ぐ月光。
そんな景色を一人で眺めるのが好きなんだと、立ち止まり振り返ったその顔。
泣いているようにも、笑っているようにも見えたその儚さを、今も忘れられないでいる。

水辺が苦手な私はいつも、波打ち際を歩く彼を帰ってくるまで車の中から見つめている。少し離れた先では、手を繋いで歩く老夫婦の姿があった。
「·····」
いつかあんな風になれるのだろうか。
そんな事を考えながら彼へと視軸を移すと、ちょうどこちらに戻ってくるところだった。
「帰ろう」
「いいのか?」
「うん。もういい」
素っ気ない返事。
私は彼の心をまだ掴みきれないでいる――。

◆◆◆

誰もいない夜の海は、闇がどこまでも広がっているように見える。
私は手にした花束から花を一本引き抜くと、花びらをちぎって海にばらまいた。
ばらばらに散らばり、波にさらわれ、飲まれていく小さな欠片。もうどこにも無い·····。
引き止めれば良かったのか。
ついていけば良かったのか。
後悔はずっと胸に燻り続けて、八月の太陽のようにジリジリと私を炙る。

答えはまだ見つからない。

私はその答えが見つかるまで、彼が消えたこの海を毎年こうして訪れるのだろう。

そしてまた、八月がやってくる。


END


「8月、君に会いたい」

8/1/2025, 4:13:15 PM