犬の散歩に出てかれこれ三〇分。
もっと行こうと引っ張る犬の、ふりふり揺れる緩い巻尾が可愛い。
このまま、されるがままどこまでも行ってしまえたら。
財布はなく、足元はダサいサンダルで、あるのは犬と充電が心許ないスマートフォンだけ。補助犬でもないこの子を連れては公共交通は使えない。いつ沈黙するかもわからないスマートフォンでは決済をするのも躊躇ってしまう。
どうしようかと思いながら、遮るものひとつない落陽に背を押され、どんどん家から遠ざかる。
家族仲は良好だ。小さな不満は多いけれど、家出の動機になるようなものはない。
ただ、なんとなく、漠然と、どこかへ行ってみたいときがあった。
それは、落ちる陽のせいかもしれない。そういう年頃なのかもしれない。あるいは、犬の力が強いせいかも。
なんにせよ、できもしないくせに、できもしないから、してみたい、行ってみたいのだろう。
この道の先にあるのは病院で、もっと行くと駅で、そこから四つめで降りれば夜行バスのターミナルがある。
でも、行かない。犬がいるし、充電ないし、財布ないし、足痛いし。そう言い訳してリードを引いた。
夢は夢のうちが一番キラキラしている。それを壊してまで行きたいと思える衝動も行動力も、残念ながら持っていなかった。
嫌だ。帰らねえ。四肢を踏ん張り拒絶する犬の顔が、青い首輪が掻き集めた肉のおかげでとてもおかしく可愛いことになっていた。
6/27/2024, 3:34:40 PM