薄墨

Open App

「あなたをずっと守るよ。幸せにする」
画面や本の向こうの恋人は、皆こぞってそう言います。

友達から勧められた人は、みんなそう言うのです。
幸せにする。守る。
澄んだ瞳でそう告げる人たちを見ると、私はいつも、目を逸らしたくなります。
そして、心の中でこう呟きます。

幸せって自分で感じるものなのに、なんでこの人は、私を幸せにできると確信しているのだろう。
なんで私を守れると断言できるんだろう。
私はあなたに守って欲しい訳じゃないのに。幸せにして欲しいんじゃないのに。
私はただ、素敵な人が幸せになるその瞬間に、一緒に居たいだけなのに。

でもどういうわけか、フィクションのヒーローは、みんなそう言って、ヒロインを手に入れるのです。
現実の人間も、大切な人にはみんな、そんなことを言って、それが“最上の愛”という顔をします。
だから、一般的な“理想な恋”というのは、そういうものなのだ、と私は思う事にしました。

みんな幸せにして欲しいんだ。誰かに守ってもらいたいんだ。
俗に言う“本気の恋”とは、幸せになるためにしたいものなんだ。
私の中で、恋というのは、そういうものでした。

だから、私には恋というものに、興味がちっとも湧かなかったのです。
だって、私の幸せなんてちっぽけなもの、それは色んなところに転がっていたからです。

お腹いっぱい食べる美味な物。
疲れた時に飲む冷たい飲み物。
時間を忘れて趣味をして越す夜。
誰かに感謝されて笑いかけられる時。
感動するほど綺麗なものを見たその日。
好奇心と胸を満たす素晴らしい作品に出会えた瞬間。
自分の気持ちを上手く表現できたときの満足。
ぼうっと外を見ながら空想に耽る昼下がり。
過去の苦しみを懐かしみながら笑える夕方。

私にとって、充足感に満ちたふわふわとした幸せは、子供の頃から今までずっと、暮らしの中に少しずつ散りばめられていました。

だから、あなたが好きなのです。
幸せとは何かを知り、自分の幸せを手にして楽しめる、あなたのような人が好き。
私の幸せを批評せず、笑って、「一緒にいると楽しい」だとか、「とても面白い人だ」とか、そうとだけ言ってくれるあなたが、一番好きなのです。

自分の幸せを愛して、自由で、だからこそ、他人のどんな幸せも許容する。そんなあなたが好きなのです。

私の本気の恋は、ここにあったのです。
私は、幸せは自分で感じたかった。
誰かの幸せを強要したくなかった。
あなたが、あなたなりの幸せを感じているのを見るのが好きだった。
そうして、自分と自分の幸せを、自分で守っていたかったのです。
それが、私なりの、本気の恋で、幸せでした。

これから先、あなたの苦労は私には想像できません。
夜、家を抜け出してでも喜んで戦場に向かう私は、守ってもらう幸せを追い求める世間様には、とても信じられないことでしょう。
あなた自身も、罪悪感に溺れ、後悔に苛まれるかもしれません。

でも、これは私が勝手に決めたことです。
私が、私の幸せのために決めたことです。
私の幸せの形です。
私の本気の恋です。

だから、どうか強くいてください。
あなたは、あなたの幸せを感じ続けてください。
あなたのその揺るぎなさが、私は一番好きだったから。

きっと、苦労をおかけするでしょう。
あなたの人生に、黒々とした分厚い雨雲を張ることになるかもしれません。
でも、これが初恋の私には、本気の恋の抑え方が、どうも分からないのです。

ごめんなさい。大好きです。
愛しています。
文句は帰ってきた時にでも聞きます。

諦めかけていた本気の恋が、今こうして出来たことを嬉しく思います。
私は幸せです。ずっと。今も。

ラブレターなんて、初めて書きました。でも、すごくすらすらと書けてしまいました。
本気の恋の力は、すごいですね。

それでは、さようなら。
あなたの幸せを、誰よりも祈っています。

大好きなあなたへ
                      私より

9/12/2024, 2:35:51 PM