今日のテーマ
《嵐が来ようとも》
台風の進路の予想円は、どうあっても直撃コースを辿りそうだと示している。
今回の台風は勢力が強めだということで、テレビでは気象予報士がしきりに警戒を呼び掛けていた。
「やっぱり明日行くの?」
「当たり前だろ」
「電車止まるかもってよ」
「そしたらネカフェかファミレスで時間潰すし」
心配してくれる家族には悪いと思うけど、どうしても明日発売の推しグッズを入手したいのだから仕方ない。
日をずらしたらきっと転売ヤーに狩り尽くされて、フリマアプリやオークションサイトで10倍くらいの値がつけられるに違いない。
原作の会社や販売元にそのお金が入るなら仕方ないと思えるが、何が悲しくてハイエナみたいな転売ヤーなんぞに金を落としてやらなきゃならんというのか。
それくらいなら、たとえ嵐が来ようとも、それによって帰宅難民になろうとも、絶対に直接買ってやると拳を握る。
そんな俺の性質をよくよく理解してくれている家族は、仕方がないなというように苦笑しながら肩を竦めた。
止めているのはあくまで俺の身を案じてくれているからというだけで、俺のその選択を馬鹿にしたり呆れたりはしない。
止めるだけ無駄だろうと分かってはいるけど、駄目元で一応止めたというところだろう。
「始発で出るんだよね? じゃあ、今日は遅くまでゲームしてないで早く寝ないとだね。もう寝ちゃう?」
「うん、そうする。もし起きる時にガサガサしちゃって起こしたらごめん」
「別にいいよ。その時間だとたぶん熟睡してて起きないだろうし。でも、くれぐれも気をつけてね」
「了解。じゃあ、おやすみ」
まだリビングから移動する気配のない妻に挨拶をして寝室に向かう。
たぶん彼女は彼女で、これから1人で心置きなく自身の推しの舞台の配信でも見るのだろう。
方向性は違うけど、お互いにオタク気質なところがあり、暗黙の了解でその領分を侵さず、また否定もせずにいるからこそ、大きな喧嘩もすることなくうまくいっているんだろう。
理解のある夫婦関係だと、互いの友人にはそれぞれ羨ましがられている。
翌朝、妻を起こさないようこっそり起き出して出かける支度をしていたら、リビングのテーブルに朝食とモバイルバッテリーが用意されていた。
他にもタオルや手軽につまめる菓子類がいくつか。
帰宅難民対策です
必要そうなのだけ持ってってね
いってらっしゃい
気をつけてね
添えられたそんなメモを見て、思わず顔が綻んだ。
朝食はおにぎりで、家で食べていっても、持っていって現地で並びながら食べてもいいようにという配慮が感じられる。
俺はそれらを手早くバッグにしまうと、メモに『ありがとう』と添えて家を出た。
もし、目当ての推しグッズを買って、帰りに電車が停まってたりしなかったら、帰りにデパ地下に寄って、彼女の大好きなお菓子を買って帰ることにしよう。
嵐が来ても止められないくらい熱心に推し活をしている俺だけど、それとは違うベクトルで、妻のことも大好きなのだ。
推しグッズを愛でつつ妻の喜ぶ顔も見られるなんて最高だろ。
そんな未来予想図にほくほくしながら、荒天の中、意気揚々と駅に向かう俺なのだった。
7/30/2023, 9:53:39 AM