逆井朔

Open App

お題:鳥かご

――かごめかごめ かごの中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に
――鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ

 奏(しん)くんは本当に優しい。
 私が怪我や病気をしないように、平穏無事でいられるようにいつも色々と考えてくれている。
 仕事先で長い間酷いパワハラにあって、心と身体のバランスを崩してしまい、泣く泣く好きだった保育士の仕事を辞めてからもう数年になる。
 先輩の顔を見るのが怖い、でもこの仕事は好き、と葛藤を続けながらずっと仕事を続けていた。
 別の園への転職も考えたけれど、0歳の頃に関わった子たちが少しずつ大きくなり、出来ることが増えていく姿を見守れることも嬉しくて、中々ふんぎりがつかなかったのだ。
 けれど、きっと限界だったのだろう。ある日の朝から突然、出勤しようとすると吐き気と目眩が止まらなくなった。
 面白いくらいに身体が言うことを聞かなくなった。自分の身体のはずなのに、一つもまともにコントロールができない。ブレーキの壊れた制御不能の車に乗せられて斜面を猛スピードで駆け下りていくような、行く末の知れない恐怖が全身に絶えずつきまとっては私を悩ませた。
「もう、優(ゆう)ちゃんは十分闘ったよ」
 そう言って、床に伏すぼろぼろの私の掌をそっと握りしめてくれたのは奏くんだった。
「そうかなぁ」
 めそめそと涙がすぐ出るようになってしまった私の背中を、ゆっくりと撫でてくれたのも奏くんだった。
「これ以上は駄目だよ。優ちゃんが優ちゃんでなくなってしまう」
 もう何もかもできない、どうしようもなく情けない生き物になっている気がして堪らなかった。だからこそ、頑張らないといけないのに、とずっと自分を責めていた。そんな私を見越して、奏くんはそんな風に優しく引き止めてくれたのだ。
 退職願を出しに行くのもとても一人では無理で、奏くんが同行してくれた。それも我ながら情けないなと内心気恥ずかしかったけれど、奏くんが「彼女の体調が優れず、心配なので同席しました」ときっぱりと言ってくれたことで、先輩などからの余計な詮索を受けずに済んでほっとした。実際その頃毎日鏡で見る自分の顔は生気の無い死人かゾンビのような酷い有り様だったので、まるきり嘘でもなかったし。
 そうして、私は仕事を辞めた。
 初めは毎日ただ寝て過ごすことしかできなかったけれど、心療内科に通院しながらアドバイスを貰いつつ無理しすぎない生活を送り続けることによって、段々と起きられる時間が増えていった。
 長いこと身支度も整えられなくて、洗濯も料理もできなくて、奏くんがそれらを手伝ってくれたり、代わってくれたりしていたけれど、何年もこういう生活を続けてきたことで、少しずつ出来ることが増えてきたのを感じる。買い物も、長らくネット通販(しかも置き配)中心だったものが、今年に入ってからは、配達に来た人から手渡しで受け取ることも出来るようになってきた。更に、すごく調子のいい日は、家の近くのスーパーまで、買いに出かけられるようにもなってきたのだ。
 ずっと、自分がとても弱い赤子に戻ってしまったように感じていた。怖い、辛い、できない、と怯えてうずくまり、庇護を求める赤子に。でも、時間をかけながらではあるけれど、私はまたこの足で立てるようになってきている。そのことが本当に嬉しかった。例えどれだけちっぽけなことでも、前に進めるのはやっぱり単純に嬉しい。
 本当に、感謝すべきは奏くんだ。
 今は共働きの時代と言われて久しいし、私も一時期より体調は随分落ち着いてきたのに、仕事に行くよう急かしてくることが無い。家でゆったり過ごしていていいからね、とのびのびさせてくれている。ぼくが仕事でばりばり稼いでくるから安心して休んでね、といつもふんわり柔らかく微笑んでくれる。
 私は幸せだ。うん、本当に幸せだ。

 今日の夕飯は、日曜の昨日、奏くんと二人で作ったカレーの残りがある。最近は休日に二人で、ごはん作りをすることにハマっていた。ちなみに先週は餃子、そのまた前の週はハンバーグだった。
 今日は、大分前にネット通販でお取り寄せした美味しいお店のナンがあるから、それを解凍してカレーにつけて二人で食べる約束をしている。

 今は夕方。街に張り巡らされたスピーカーから、子どもたちへの帰宅を促すチャイムが聴こえる。
 家にずっといるから分かるのだけど、私たちの子どもの頃と比べて、最近はずいぶん市民に訴えかけるような内容になってきた。
 昔は、子どもたちに帰宅するよう声をかけるだけの内容だったのに、今は、「地域の皆さん」に向けて、子どもたちの帰りを温かく見守るように促してもいる。
 また、更に興味深いのは、昔は役所の人の録音音声が流れていたのが、最近は、市内の小学校の子どもたちの録音音声が輪番で流れている。大人から子どもへの声かけより、同じ子どもから言われた方が伝わるものがある、と役所の人が考えたのだろうか。

 子ども。子どもかぁ。
 ――どうしよう。
 いつもふんわり優しくて、思いやりのある奏くん。彼とは婚活アプリで知り合った。プロフィールカードには、はっきりと書かれていた。
「DINKs希望」
 そして、こうも書かれていた。
「その旨を理解してくださる方のみ、よろしくお願いします」
 仕事で子育てに携われるだけで良いと思っていたから、彼のその申し出に否は無かった。
 寧ろ、素朴で温かな想いが綴られたプロフィールの文面や、トイプードルみたいに可愛らしくはにかんだ笑顔の写真にすっかり魅了されて、一も二もなくメッセージを送信していたのだ。そうして、彼との間で価値観の確認などを含めた面談もといお出かけを繰り返していった結果、今私の左手の薬指には彼の揃いの指輪が嵌まっている。
 そのはずだったのに。
 仕事に行かなくなって久しいのに不意に吐き気が続くようになったり、食欲の不意な減退や時折の妙な偏食を自覚するようになったりしてから、もう随分と経つ。検査薬はまだ怖くて試せていない。食べ物の匂いによる吐き気というのは幸いにして今のところは無いため、料理や食事の際に支障をきたしたことは無かった。
 どういう判断をするにしろ、手遅れになる前に一度きちんと診てもらう必要はあると思う。それは分かっている。でも、奏くんに伝えることだけがどうしても怖くて出来なかった。
 お互い、子どもがいない生活を送る意識はちゃんとあったと思う。だからこそ避妊はちゃんとしていたはずだった。とはいえ、ピルを飲んでいたという訳でもないから、今になって思えば100%安全という保証は何処にも無かったのだ。
 このことを伝えたら奏くんは、どう反応するだろう。
 結婚前、関係性を深めた頃の奏くんはよく言っていた。
「共働きは絶対に必要だよね。二人の生活をより良くするためにも」
 それなのに、奏くんは私が追い詰められているのに気づくと、共働きの収入よりも何よりも、私そのものを尊重してくれた。

 奏くんはひとり親家庭で育ったという。そして、頼れるたったひとりの肉親である母親は病がちで、十分な収入は得られず、生活保護を受けながら何とかぎりぎりの生活を送っていたのだと。家族で旅行に出かけたり、外食をしたりといった周囲の友達が当たり前のようにしている生活が、彼には縁遠いものであったと。そして遂に母は身罷り、遠縁の親戚の家で肩身の狭い思いをしながら多感な時期を過ごしたのだという。
 だからこそ、そんな苦しい生活で子どもを育てるくらいなら、母には自分を産まないで生きてもらえればもう少し良い医療を受ける事ができ、年若く亡くなることも無かったのではないかと思えてならなかったのだとも。
 だからこそ奏くんにとっては、子どもを育てるという選択肢は無いのだそうだ。母の生き方を妨げたのが自分だと感じているからこそ、同じような思いを子どもに抱かせる可能性が万に一つでもあるのであれば、その道は選べないのだという。そして、世の中に絶対というものはないからこそ、奏くんは子どもを育てないつもりなのだ。その気持ちは私にもなんとなく理解できた。

 そういう経緯のある彼にとっては、共働きによって生活の基盤を安定させ、互いが健やかに安心して生きられるようにすることが本当に大切なことだったはずなのだ。それなのに、私が苦しんでいると知るや否や、その信念を私のために曲げてくれたのだ。

 彼は優しい。本当に私を慈しんでくれている。大切にしてくれている。一も二もなく、尊重してくれている。
 だとしたら、私だって一も二もなく、彼の思いを尊重するべきだ。そうだろう?

 ネットで調べる限り、経口中絶薬を手に入れるには母体保護法指定医師が勤める医療機関で診察を受けないと手に入らないとある。しかも、飲めるのは妊娠63日以内らしい。だとすると、私に残された猶予はたぶん、そう長くはない。しかも確実に堕胎できるまで入院が必要になるらしい。痛みに耐えられるのであれば、手術の方が拘束時間は短くなる。
 捕らぬ狸の皮算用をして、検査薬も使えずにずるずるシュレディンガーの猫状態にある私が通院できるのは、一体いつのことなのだろうか。何だか途方に暮れそうになる。

 いずれにしても、どういう方法を取るにせよ、奏くんにだけは知られてはならないし、そもそも知られたくない。
 仕事という、とても個人的なことであんなに迷惑をかけてしまった上、たくさん優しくされ、しかも助けてもらったのだから、このことでは彼を患わせたくない。

 何とかしなくては。誰より優しい奏くんのためにも、そして、二人の穏やかな生活を守るためにも。

 ――……何とかしなくてはいけないのに、ふと、もしかしたらここに二人の命が宿っているのかも、と考えてお腹を撫でてしまう時がある。そして、なぜか嬉しい気持ちに浸ってしまうのだ。
 こんな私を、彼に知られる訳にはいかない。そして、このままでいる訳にもいかない。ずっとこのままでいたら、私は多分、この子(仮)を堕ろせなくなってしまう。そんな予感がしている。
 満足に検査も通院も出来ていない上、愛着のようなものまで抱き始めているのだから我ながら始末に負えない。
 ――……早く何とかしないと。でも、その何とかって一体何?
 一人でいると、そんな風にぐるぐると変な思考回路が巡り続けてしまうようになってきた。結構重症だ。

 早く奏くんに帰ってきてほしい。でも、帰ってきたらこのことを必死で隠して平気な顔をしていないといけない。どうしようもなくて、どうしたらいいか分からなかった。


***
執筆時間…1時間半くらい
 久々にまともに小説を書きました。(作品の内容的に、こう言うと語弊があるかもしれませんが……)やっぱり小説を書くのは楽しいなと思います。

 本当はモラハラ気質の赤子不要派の旦那さんに籠の鳥にされた主人公が、赤ちゃんができたと彼に告げたことでお払い箱にされるような小説を書くつもりでいました……。
 でも、書けば書くほど矛盾が生じて、そこを手直ししていく内に随分優しい旦那さんになっていました。
 或いは主人公が自ら身を投げるような形で彼の思いに応える話の流れも想定していましたが、結局優柔不断で決断ができない曖昧な終わり方になってしまいました(優柔不断な自分らしい結末といえばそうかもしれません……)。

 なお、どうでもいい余談ですが、これを書くために中絶薬についてなどいろいろネット検索しました。客観的に履歴を見ると、不慮の妊娠からの堕胎を考えている人のスマホに見えるかもしれません……。

7/25/2024, 3:01:12 PM