触れた先から散り行く貴女の命。
今にも消えてしまいそうなその躰をそっと抱き締めた。
それが、一年前。
体を無造作にベットから起こして、貴女の好きだと言っていたコーヒーを作る。
苦いのは苦手だけれど、同じものを飲みたかった。
こぽこぽとドリップされていく黒を見つめながら私は思い返すのだ。
「花咲き病」
その絶望の名を聞いたことがあるか?
嗚呼、医者の告げる口は重いだろう。匙を投げるのも辛いのだろう。
人を救いたくて医者になったのだろうから。そうであってほしい。
『○○さんは不治の奇病です』
貴女は死体すらも残らずに全てが花弁に、めしべに、がくに、おしべに、茎に変じて散って風に吹かれて。
そうやって葬送されてしまった。
一年も経てば、泣いていた家族も友人も涙を奥へ奥へと小箱にしまって置き忘れてしまう。
「貴女はどこへ」
無為に呟く。
名は呼ばない、既に貴女は神へ変じてしまったのだから。
それに名を呼んでしまえばきっと、泣いてすっきりと晴らしてしまいたいだけの愚かさを詰めただけの滴が落ちる。
それは貴女に悪いじゃないか。
けれどこの考えも自己満足なのだ、きっと。
「優しい思い出、別離……なんて酷いの、冗談はやめて」
踊るように揺れるカーテン、その上の額縁に入れたスイートピーの押し花。
貴女に『親愛なる友へ』と遺言で残された花。
貴女に咲いたそんな花の言葉。
「行かないでよ……」
思い出にするなんて嫌。
ずっと忘れない、貴女を永久に愛していたい。
大切だから、本当に大好きだから。
友人……で収まらないくらいには。
胸中のさざめきが収まらぬくらいには。
ぽたり、と最後の一滴がドリッパーから落ちると同時に涙が落ちて今へと引き戻された。
とりあえずコーヒーを飲んで目を覚まそうとしたときにTVのリモコンの電源ボタンに手が当たる。
写ったのはしょうもないバラエティで、能天気な声が頭に響いて頭痛がして即座に電源を切った。
「……はぁ」
暖かいコーヒーはどうしようもなく苦い。
踊るようにさんざめく風と裏腹に結局今日も涙の味がした。
9/8/2024, 1:47:35 AM