天城サナオ

Open App

「ずっとこのまま」

石は不変の象徴としてよく用いられます。

とは言え手紙代わりに石板を使う時代でもありませんから、私たちの生活に最も身近な不変の石と言えば、私はやはり墓石を思い浮かべるのです。

しかし祖父のお墓は無くなりました。
昨年墓仕舞いをしたのです。

不自然に綺麗な区画が墓一つ分だけ残りました。
魂抜きをしたので、ご先祖代々の御霊ももうそこにはないそうです。あっけないものですね。

数十分車を走らせれば会えるはずだった祖父は、15年以上も前に日本の反対側へ行ってしまいました。
祖父の家は、私の背丈を刻んだ柱ごと無くなって、後には駐車場が残りました。

一人で新幹線に乗れる程度には大人になって、半日電車を乗り継いで、やっとの思いで会いに行った祖父の記憶からは、私が消えていました。

祖父は母の名前で私を呼ぶのですが、私は黙って受け入れました。
「ずっと会いたかったよ」と言うと、祖父がか細い声をしぼりだしてハッ、ハッ、と笑いました。
母はずっと祖父の中に居続けられるのだなと、羨ましかったのを覚えています。
もう声を出すのも辛いのだと、後から祖母に聞きました。

そんな祖父も、昨年亡くなりました。
焼けた骨のカサついた感触が、長い箸を通して私の指先に残りました。

祖父どころか、お墓すら無くなりました。

これから先、祖父を知る人も一人一人と居なくなっていくのでしょう。
正直、私ももう祖父の声がどんなだったか、あまり鮮明には思い出せません。

祖父の痕跡が世の中から消えていくのを知覚しているのに、それを止める術が私にはさっぱり分からないのです。

ただ、幸いにも私はまだ苦痛無く声を出すことが出来ますから、ことあるごとに祖父の話をするのです。

家の鍵を閉めたか確かめるように。
コンロの火を消したか確かめるように。
お風呂の水を止めたか確かめるように。
私がどんな風に「じいちゃん」と呼んでいたのかと反芻するのです。

それだけで、世の中に祖父の席が一人分くらいは空く気がして。

1/12/2023, 11:32:13 AM