KAORU

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「ふわぁあ」
 隣のデスクで殿山くんが欠伸をした。
 うーんとひと伸びして、顔を擦り、いかんいかんという具合にまたパソコンに向かう。
 昼下がり。
 ランチの後のこの時間帯って、眠くなるのよねえ。今日、小春日和だしねえ。
 と思っていたら、
「なんです?」
と、殿山くんが私の視線に気づいた。
「ん、何でもないよ」
「でも俺のこと見て笑ってたでしょ」
 追及された。あら……見てたのね。
「んー、何だかね、欠伸して伸びる殿山くん、うちの猫に似てるなあって思って」
「ねこ」
 目を見開いて殿山くんが言った。
「うん、子猫。最近うちで飼い始めて。可愛いの。毛並みも色素薄い茶色で、地色は白っぽくて。八重歯があるとこも殿山くんっぽいなあって」
「……こねこ」
 ストンと声のトーンを落として呟く。しまった、流石に気分悪くしたかしら。
 調子に乗って喋りすぎた。私は反省して「ごめん」と彼に手を合わせた。その弾みにスーツの胸に挿していたペンを床に落としてしまう。
「あ、」
 慌てて屈んで拾おうとした。同じタイミングで殿山くんもデスクの下を覗き込んだ。
 あ、ーー
 頭と頭がぶつかりそう。ーーううん、顔が、くっつきそうなくらい近づいた。
 うわ、ドアップ。い、息かかる……。っていうか、殿山くん、まつ毛長!少女漫画の王子様みたい。大きな目。
 思わずフリーズする。と、殿山くんがゆっくり私のペンを拾い上げた。身を起こす。
「あ、ありがとう」
 お礼を言って手を差し出した私を殿山くんはじっと見つめた。
 そして、目を細めて声を絞り、
「佐久さん、あんまし男のこと子猫みたいだとか、可愛いとか言って笑わない方がいいですよ。油断して、急に引っかかれても知りませんよ」
 と言った。
 え?
 私は咄嗟に反応できない。殿山くんは拾ったペンを手渡さずに指でくるりと弄び、おもむろに私の左の胸ポケットにスッとそれを挿した。
「〜〜〜え、?え?」
 オタつく私を尻目に、殿山くんはそのまま何事もなかったかのようにパソコンに向き直る。
 かち、かちと、マウスをいじる音だけが私たちの間を埋めていく。
 私は彼の耳たぶが真っ赤に染まり、首まで赤くなっているのを間近で見た。
 彼が挿したペンのポケットの辺りが熱を持ったみたいに熱くてどきどきした。

#子猫
「紅茶の香り4」

11/15/2024, 10:36:46 AM