光と影
姉の名は、日名月光(ひなづき ひかり)。
妹の名は、日名月影(ひなづき えい)。
私たちは、一卵性の双子の姉妹として産まれた。
――光は真昼の太陽のように朗らかに。
――影は一夜の月のように淑やかに。
二人、支え会いながら生きて行って欲しいという両親の願いが込められた名前だった。
数十年後――。
20歳になった私たちは、とあるマンションの一室で、同じ大学に通いながら、仲良く――――。
「光お姉ちゃん……私の! それ私の分!!」
「えいは買う時、試食で食べたじゃん! だから二つとも私のでいいでしょ!!」
「よくない! 意味不明すぎ!! てか私のケーキ返せ! この食い意地お化け!!」
……一応、仲良く暮らしていた――。
・第一話
――東京都心。とあるマンションの一室。
早くに両親を亡くした私たちは、幼い時から両親と住んでいた場所を引き継ぎ、二人で暮らしていた。
「……ごめんって。 期限、直してよーえい~……」
「…………」
さっきのケーキ騒動ですっかりヘソを曲げてしまった妹のえいに機嫌を直してもらおうと奮闘中なのは、姉である私。光だ。
妹はというと――私から奪い返したケーキを片手に、部屋のすみっこで黙々と壁を見ながらケーキを頬張っている。
私としては、ちょっとからかおうとしただけのつもり……だったのだけど――結果は見事なディスコミュニケーション。
ちょっとしつこすぎたかな。と反省はしたものの。
反面、そんな怒んなくったっていいじゃん……という気持ちも捨てきれない。
その半端な心中を見透かしてか。
妹のえいは相変わらず姉に背を向けたまま、壁に向かってケーキを頬張っている。
と、その時、私のスマホが着信音を鳴らす。
「あ、龍次からだ」
龍次――というのは、私がつい最近交際を始めたばかりの男性だ。
大学の先輩の龍次とは、映画の話から仲良くなり、今は月一でデートをする仲だった。
その龍次から『大事な話をしたいから、明日ファミレスで会わないか?』とLINEが来たのだ。
「大事な話って…………まさか、け」
「っこん、とか言わないでよお姉ちゃん」
いつの間にか――妹の影が私の真後ろに立っていた。
びっくりして思わずひぇっと声が出てスマホを落としかけた。
「……ちょっと、勝手に覗かないでよ人のスマホを! エッチ!!」
「ちょっ……気色悪い反応しないでよ! 鳥肌立ったじゃん…… 」
そんな奇天烈なやり取りをしていると、龍次から再びLINEのメッセージが届いた。
「ほら早く返信しないとフラれるよ、お姉ちゃん」
「言われなくてもすぐ返すわよ……てかさらっと不吉なこというな!」
私はしばらくスマホとにらめっこして龍次とやり取りして――。
その後、ホワイトボードの明日の予定欄に『夜七時ジャスト 龍次とファミレスで会う♡』
と書き記した。
――龍次が『大事な話』って何だろう……。
流石に結婚はなさそうとしても……その半分くらいは期待しても良いのかな?
――ヤバい。ニヤニヤが止まらない。
キモい、と言いながらホワイトボードの♡を消そうとする妹をアームロックで押さえ込み、タップする妹を締め上げながら私は妄想に更けっていた。
翌朝――。
「三十八度。 軽い風邪か疲れだね、多分」
昨日の夜、姉は寝付けなかったのか夜通しひとりゲーム大会を開催して――見事に熱を出した。
「最後に……龍次に、会いたかった……なあ……うう……」
「元気そうで何より。 朝食、食べられる?」
「……うう……特Aの松阪牛のステーキなら食べられそう」
「よし、じゃあ大学行ってくるね」
「ああ! ごめんなさい! おかゆ……おかゆでいいです……作ってください……」
しょんぼりと布団の中で丸まっている姉を見やると、私はくすりと笑い、台所に向かった。
――可愛いなあ、お姉ちゃんは。
おかゆを準備しながら、私は今日これから行おうとしている『とある計画』を思い、妄想に更ける。
――まずい、ニヤニヤが止まらない。
私はおかゆと飲み物を布団にくるまっている姉の枕元に置いて、「何かあったらすぐ電話してね」と伝えて、家を出た。
玄関を閉めて鍵を掛ける。
今から、私の長い一日が始まるんだ、と心の中で決意を新たにする。
そう。私は今日――姉に成り済まして龍次さんと会うつもりだ。
人の恋路を邪魔するつもりはないけど……私の大好きなお姉ちゃんをタダで渡すつもりは、ない。
もしも想定以上にいい加減なやつだったら――その時は、ドラム缶に積めて海に放り込んでやるつもりだ。
大学の中庭。時は十月の中旬。
寒空の下を舞う紅葉の雨が、秋の訪れを感じさせる。
私はベンチに座り『ターゲット』を待つ。
本名――伊藤 龍次。二十一歳。
身長182cm。体重72kg。牡牛座。
テニス部部長。彼女歴、なし。
趣味は映画鑑賞、囲碁、麻雀、読書。
運動だけでなく、成績も優秀な文武両道の優等生タイプ。
好物は福神漬け多めの辛口のカレー。
反対に甘いものも好きな所謂『スイーツ男子』でもある。
姉のことは『光』と下の名で呼んでいる。
姉も『龍次』と下の名で呼んでいる。
……スマホに記録した『ターゲット』のデータを眺め、様々なシミュレーションを頭の中で繰り返す。
そうしてしばらくベンチに座っていると――。
「あれっ、奇遇だね。 光。何してるの? こんなとこに一人で座ってさ」
龍次さんが、私のことを姉と勘違いして隣に座ってくる。
「あ、龍次! 別になにもしてないよ。 ただ暇だっただけ。……龍次こそ、どうしたの?」
私は姉の仕草、口調、態度を完全にコピーして話を合わせる。
「僕もべつに……ただ本を読む場所を探しててさ。 ここならあんまり人も来ないし……景色もいいかなって」
眼鏡のよく似合う爽やかな笑みを浮かべる。
……なるほど、確かにイケメンだ。
姉が落とされる訳だ。
私も敵と見なしていなかったらワンチャンやられていたかもしれない。
その後、私は姉のふりをしながら言葉巧みにこれまでの一ヶ月。
私の知らない姉と龍次の二人の時間の情報を引き出してイメージの空白を埋めた。
私は――今この瞬間、『龍次の恋人の光』
を完全にコピーした。
時は過ぎて、夜。七時。
私は、ファミレスの奥の四人がけの席に座り、龍次さんを待っていた。
姉には『バス遅れてるー! サイアク! 買い物して帰るから帰りは夜の八時過ぎになりそう! ごめんね!』
とLINEを飛ばして。
五分ほどして、龍次さんが私を見つけて息を切らしながら駆け寄ってきた。
「ご、ごめん! 遅れて!!……待たせちゃったよね?」
龍次さんは、私の顔色を伺いながらおずおずとした様子で座る。
「ううん、全然。 それより大事な話って……何かな?」
私はズバリといきなり本題に斬り込んだ。
回答――ことと次第によってはドラム缶を用意せざる得ないが。
「光は相変わらずせっかちだなあ……まあそういうとこも好きなんだけどさ」
龍次さんは私を姉だと思いこんで言っていると分かってはいるが。
何だろう、この恥ずかしさと罪悪感は。
まあいい。とにかく、問題は龍次さんが言う『大事な話』が一体何なのか。それが全てだ。
「本当は、もうちょっと話したりして雰囲気作りたかったんだけど……まあ、いいか」
龍次さんは、ぽりぽりと頭を掻いてから、咳払いを一つして核心を切り出す。
「光――」
龍次さんが、小さな紙袋から、小さな箱を取り出した。
――まさか……。いやそんなバカな。マジですか?
「もし、お前さえ良ければ……」
――まてまてまって龍次さん。
それはダメだって!私たち……じゃなかった。お姉ちゃんとはまだ付き合い始めたばかりでしょ?
なのに、そんな――。
龍次さんが、箱の蓋を開ける――。
「光。これを、受け取ってくれないか」
私は――覚悟を決めて『それ』を確認する。
「…………ん?」
箱から出てきたのは――小さなショートケーキだった。
「いやあー……朝から並んでようやく買えたんだよ……」
よく見ると、箱が入っていた紙袋には『スイーツ工房』と洋菓子店らしきロゴが描かれていた。
「 大事な話がー何てカッコつけてさ。 ……買えなかったらどうしようかと」
「あの……これって……?」
「え? もしかして忘れてたの? ……今日は光の誕生日だっただろ?」
……あっ。しまった。完全に忘れてた。
――私たちは……両親が亡くなってから、一度も誕生日を祝わなくなってしまっていた。
だから、すっかり平日のように過ごしてしまっていた私と姉は、自分たち二人の誕生日など頭の片隅にも思い出さなかったのだ。
私は姉になりきったまま、その紙袋を受け取って、少しだけ雑談してから家に帰った。
鍵を開けて、玄関を開けて「ただいまー……」と大きめの声で呼び掛ける。
遅ーい!おかえりー! と、すぐに姉の声が返ってくる。
龍次さんはまあ、悪い人じゃなさそうだったし……お姉ちゃんにはちゃんと謝って……龍次さんにも後でちゃんと謝っておこう。
私は、そんなことを思いながら、龍次さんからの『預かりもの』を姉にお土産として渡した。
ネタばらしという名の謝罪は、もう少し姉が元気になってからにしよう。
そう決めた私は、ちょっとお高めらしい洋菓子店のショートケーキを一口一口大事そうに味わいながら頬張る姉の笑顔を見ながら――今日は、二人で、長らく忘れかけていた誕生日を祝うことにしたのだった。
10/31/2025, 5:03:45 PM