「ヒムさん!!」
髪を振り乱しながら、小柄な彼女が走ってきた。
「メルル」
「ヒムさん、LINE見てくれましたか!」
「みた。見たからここに来たんだ」
こちらの言ったことが理解できなかったのか…彼女は荒く呼吸を繰り返したまま立ち尽くしていた。
折しも霧雨で、髪や肌にしっとりと細かい水滴が這っていく。
時刻は夜の6時。秋の入りでもう少しで辺りは真っ暗だ。オレは部活を終え、ペコペコな腹を抱えて帰宅する所だった。
「傘も射さねぇでよ…」
折り畳み傘を差し出すけど、彼女は無反応のままだ。
彼女は暇さえあれば校舎から少し離れにある用務員さんの部屋に来ていた。無理をいい、こっそりと子猫を預かってもらっていたのだ。自分達が学校に迷い込んだ子猫を拾ってからほんの一週間前になる。
「どうしよう、飼い主が見つからなかったら…保健所に連れて行かれちゃう」
その先を想像したのか、彼女は顔をくしゃくしゃにして小さな子供のように泣き出した。
「嫌です、あんなに、あんなに、小さいのに…!」
彼女は雨の中、わぁわぁ泣き出して。正直どうしたらいいのか分からなかった。
オレはスマホを取り出して少し操作をする。
「スマホ…あるんですね…」
「兄貴のお古なんだけど。ちょっと待ってな」
説明しながら操作できる気がしない。
ぐすぐすと泣く彼女を隣に立たせたままの操作はなんというか…居たたまれない。すごく。
「よし!」
メッセージ送信完了の確認をしたあと、画面の最小化をしてからポケットに戻す。
メルルはなぜか不審げだ。
「私、おやつとかあげてる時、ほんとに癒されて… ヒムさんは、可愛くないんですか」
「は?」
「一緒にヒムさんと猫と遊んで、一緒に学校に残ったり、写真送り合ったり、私すごく嬉しかったのに…」
涙で赤くなった瞳でぶすくれててやっと理解した。薄情だと思われているのだ。
「ち、違うって!掲示板!!」
「けいじ、ばん?」
「そう!町役場のやってる地域の事件や事故とか高齢者の徘徊探しだとかの掲示板に書き込んでたんだって」
まだよく分からないみたいだ。
「ほらよ!」
スマホを操作して、メルルに書き込んだ内容を見せてやる。
「探しています、子猫の飼い主。色は茶色…」
「審査通ればすぐに地域用のショートメール登録してる人間全員に届くから!」
勘違いされたままではまともに居られない気がして、オレは必死に説明していた。
やがて愉快な着信音が鳴る。画面が操作もしていないのに点灯した。メルルの眉を寄せた顔がぱっと明るく照らされる。
地域メールが配信されていた。
「早っ」
さすが平和な町だな、とか言いながらタップしていく。
「家どこだよ」
「えっ」
「送る。雨だし、真っ暗だし」
外はもう夜の世界だった。
「飼い主さん、見つかりますよね」
「わかんねーけど…。見つかるといいよな…」
オレにとってもあの子猫は大切なんだよ。
雨はしとしとと辺りを濡らし、少し鼻声になった彼女の途切れ途切れの声を包んでいた。いっぱい泣いてた。
かわいかったな。
「そうですね」
「へっ?」
「ネコにまた会いたいですね」
思ったことが声に出ていたらしい。
10/13/2023, 2:21:06 PM