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「せいち、好きな本とかある」

ひのきがきいた。

ぼくは、咄嗟のことで、「ああ、いや」
と吃ってしまった。

「俺は、川上眉山や牧野信一を読んでいるんだ」とひのきが言った。

この話は、清掃後のホームルームの時間になったため、ここで終わってしまった。

それから、彼は、突然、学校に来なくなった。

僕は、彼と親しいわけではないが、
中学校の3年感、唯一、同じクラスだったこともあり、なんとなく、気になっていた。

そのわけは、朝夕に涼しさが感じられる
11月の合唱コンクールの後に分かった。

かれは、死んだのだった。

家族では、ぼくが5歳のころ、おばあちゃんが死んだことは記憶されていたが、小さかったこともあって、何か大きな感覚は残っていなかった。

先生が教室の教壇上でなにか話していたが、
ぼくは、かすかな眩暈と耳鳴りだけを感じていた。意外にも、涙出なかった。
しかし、言葉もない。

後に、分かったことだが、
ひのきは不治の病にかかっていたそうで
また、噂では、自宅で療養中、タバコを吸ったことで体調を悪化させたとのことだった。

あれから、25年経った今、
中学3年生の細身で影がある虚ろな表情で話しかけたかれの顔が思い浮かぶ。

もし、生きていれば、その時は何度とも思わなかったが、彫りの深い顔立ちと冷たい眼差しを持つ彼のことだから、女子にもモテて、少なくとも彼女、恋人にこと欠かないそんな人生を送れていたんじゃないかと‥

そんな勝手なのとを思いながら、

独身、パート介護職員となった僕は
芥川の読みかけの小説を閉じ、コーヒーに砂糖とラッコー乳剤を入れた。








6/16/2023, 8:39:51 AM