静かな水面を滑るように進んでいく。
他に船はなく、風もないため、鏡の上にいるかのような気分だ。点々と見たことのない大輪の花が浮かんでいて、その下を派手な色をした鯉のような魚が悠々と泳いでいる。花の周りをガラス細工のように美しく繊細な模様の蝶が舞い、小さく頭をのぞかせる岩の上で極彩色の尾の長い鳥がゆったりと羽を休めでいる。
船が近づくと、自然と離れて距離をとる。嫌な感じはなくてただ進路を譲るような優しさがある。間違ってはいないのだと少し背を押された気がした。
しばらく進むと、西の空から大きな月が昇ってきた。太陽のように明るく、太陽よりも柔らかい光だ。ほんの少しの違和感もすぐに溶けて、月に見惚れた。
月が半分ほど出てきたところで船が止まった。
他の花よりずっと弱々しい小さな蕾が船の前で揺れる。
そっと手を伸ばせば、何の抵抗もなくすり抜けて触れすらしない。
「…まだ、だめなの」
こんなにもずっと何年も焦がれているのにあんまりだ。
今の生を閉じて次にいきたいのに、きっと許されない。
ずっと、ずっと、焦がれてきたのに今更なんなんだ。
船は元来た進路を戻っていく。
月はいつの間にか西に沈んでいた。さざ波立ち色を失っていく水面と姿を消した美しい生き物たち。
喧騒が戻ってくる。私の地獄に帰ってきた。
――私はまだ、生きている
瞼を開けた先に待つ絶望を、再びこの目に映すのだ。
未来などくだらない。私にはもう時間がないから。
【題:未来への船】
5/11/2025, 2:11:53 PM