【言葉はいらない、ただ・・・】
しとしとと雨が降り注ぐ夜、薄暗い押し入れの中で二人きり身を寄せ合う。両親のけたたましい罵り合いも、壁の向こうからひっきりなしに響く隣に住まう誰かの嬌声も、互いの心音が全てをかき消してくれた。
何かを叩きつけるような音の直後に、ガラスが割れるような激しい音が耳をつんざく。びくりと肩を震わせた君の肩を、ぎゅっと抱き寄せた。
会話をすれば殴られるから、黙って息を潜めることしかできないけれど。だけど僕たちにはそれで不自由なんてない。世界でたった一人の片割れ、同じ顔をした二人きりの僕たちに言葉なんていらない。ただ、互いの手を握り合えば。視線を交わし合えば。それだけでお互いの気持ちなんて全部伝わるから。
大丈夫、僕がいるから。絶対に君を守るから。そんな想いを込めて君の手を握り込めば、君は安心したように僕の手を握り返してくれた。
8/29/2023, 9:50:00 PM