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青々としていたモミジの葉が、いつの間にか木のてっぺんから淡く暖色に色づいてきた。
背の低いキンモクセイの木も蕾を膨らませて黄金色が目立つようになり、近づけばほのかに甘い香りを拾うことができる。
視界の遥か上から静かに、緩やかに、心地よく命を燃やし、音もなく水分を失った葉は地に落とされた。
乾いた音を立てたとき、命は屑と化して地に還る。
この大きな自然の循環は普段は物静かに、密やかに、さりげなく行われていた。
異常気象、自然災害、前虎後狼、ときには大きな音を立てながら、大規模に土台ごと破壊しては循環の均衡を保っているのだろう。
バランスがいいのか悪いのか。
その判断する術を俺は持ち合わせていなかった。
俺にできることは、せいぜい彼女の好不調を見守ることくらいである。
*
日付が変わろうとした夜ふけの寝室。
ガバアッと勢いよく毛布を捲り上げながら彼女が体を起こした。
「れーじくんのバカッ! もういいっ! 実家に帰らせていただきますっ!」
甘やかなピロトークで微睡むはずが、この様である。
売り言葉に買い言葉。
いつもの俺の明け透けな発言に、彼女が普段通りブチ切れた。
ふるり、と奥ゆかしく膨らんだ双丘が控えめに揺れた。
斜め後ろから見上げる彼女の横乳は最高である。
「なるほど。シャンプーとトリートメント(ご家族のみな様)にどうぞよろしくお伝えください」
「はあぁぁっ!?」
怒りのボルテージに比例するように声量を上げていった彼女は、乱雑に寝室のドアを開け放った。
「ホンッット、好き放題に人をおちょくりやがって!」
張りのあるかわいらしいお尻が距離のせいでぼんやりとしか輪郭を捉えられない。
「……っ!?」
どうせ風呂から戻っても全裸だろうな。
彼女の説得を諦めて眼鏡をかけたとき、威勢よく寝室を出ていった彼女が大慌てで戻ってきた。
「………………っっ、……っっっ!」
あれだけ喚いていた彼女が、借りてきた猫のように縮こまって俺にギュウギュウとしがみついてきた。
…………寒かったんだな。
アホでかわいい。
いくばくか彼女に失礼な感情を抱きながら、手のひらを返して俺の腕の中に戻ってきた彼女を抱きしめ返す。
相変わらず服を着たがらない彼女であるが、暑がりで寒がりというワガママ体質だ。
10月も半ばを過ぎ、本格的に朝晩が冷え込んできたこの時期に全裸で眠ることはさすがに厳しいだろう。
「だから服を着てくださいって言ってるじゃないですか。さっきから。何度も」
近くに置いた俺の長袖シャツを雑に被せた。
「はい。頭出してください」
「むーっ」
ちゅぽんっと襟ぐりから、不貞腐れた彼女の頭が飛び出してきた。
不機嫌そうに唇を尖らせ、形のいい眉毛も収まらない怒りで吊り上がっている。
余った袖口を武器にしてペチペチと攻撃してくるから、くるくると袖を折り曲げて武器を封印した。
「おかえりなさい」
「悪天候だったから実家に帰るのは延期した」
ちょっと冷え込んだだけで大げさな。
さすがに悪天候は盛り過ぎである。
俺に負けず劣らず屁理屈をこねる彼女の背中をポンポンとあやした。
「はいはい。そうでしたね」
完全に風呂を諦めたのか、彼女は横になって俺の腕の中にすっぽり収まってきた。
まんまるの頭をゆるやかに撫でれば、彼女の瞼が重たそうに落ちていく。
「帰省(フロ)なら一緒につき合いますよ?」
「おうち(ベッド)に帰れなくなるから遠慮しまーす」
「俺になにする気ですか♡ えっち♡」
「どっちが……」
再びイラァッとした怖い彼女が現れた始めたから、キスで封じ込めた。
拒まれないから調子に乗って首筋まで唇を這わせると、彼女が体を強張らせる。
「ねえ、痕……ダメ……」
「わかってますよ」
ただ触れるだけのキスを落としていくうちに、彼女の吐息が規則正しくなっていった。
音もなく進む時をゆるやかに意識する、少しハメを外した金曜日の23時59分。
一週間分の疲れが纏わりついた華金の残す時間はあと1分。
穏やかな土曜日を過ごせるようささやかに願いながら、彼女の規則正しい胸の鼓動を確かめた。
『砂時計の音』
10/18/2025, 8:20:26 AM