とある恋人たちの日常。

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 ズキンズキンズキン。
 
 身体じゃなくて胸が痛い。
 
「ッハァハァ……」
 
 夢中で走っていたのに呼吸を忘れていたみたいで、一気に酸素が身体に行き渡る。
 
「ゲホッゲホッゲホ……」
 
 胸の奥からむせて咳が止まらない。でも走る足を止められもしない。
 
 聞いてはいけないものを聞いてしまったの。
 気になっている彼を見かけたから、話しかけようと近づいた時だった。私から声をかける間も無かった。
 
『君が好きなんだよ』
 
 彼に向かって女性の声がそう言った。その瞬間、私は音を立てないようにその場から走って立ち去る。
 そこで彼がなんて返したか聞きたくない。
 
 それがもし、〝俺も〟なんて言われたら私の心が壊れちゃいそうだと思ったの。
 流れる景色からは世界から色彩が失われたみたい。
 
 そしてたどり着いたのは自分のバイク。すぐに股がって早々とメットを被ってからキーを挿して走り出す。
 
 どこへ行く、とか考えられなかった。
 そんなことよりここから逃げ出したくて必死だった。
 
 どこかへ行こう。
 ひとりになりたい。
 
 今の顔を誰にも見られたくない。
 
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を見せたら心配させちゃうもん。
 
 
 
おわり
 
 
 
四八七、センチメンタル・ジャーニー

9/15/2025, 1:49:36 PM