やがて終わるのが嫌なら掬いなさいと、ささやいた声は悪意を孕んでいた気がする。だけどそれでいい。良い。
家の裏手から伸びる道は背の低い木々に挟まれていて、生ぬるい風に尖った葉を揺らす。時おりそれが影の笑い声か、四足の獣の唸り声に聞こえる。ひとりで歩く若い女を脅して遊ぶ質の悪さを纏う。前方から吹く風は、早くこっちへいらっしゃいと誘うしるべのようだ。彼女が好きだと言った、そうしたくて伸ばしているわけではない髪を柔らかくくすぐる。
好きだと、その指で耳にかけてくれたから、ハサミをいれるのをやめた。それなのに、わたしの気持ちを切るという。今さらどうにもならないくらいに伸びて、重くなって、視界をさえぎるこれを、家が決めたことだからと切るという。ひとしきり泣いて罵って、だから今は笑っている。ハミングしながら、両手をぶらつかせながら、調子の狂った下手くそな踊りみたいに、小道をゆく。
両側から木々が消えて、目の前がひらける。砂浜があらわれると、途端に波の音がうるさくなった。本当はもっと前から聞こえていたけれど、わたしの耳は彼女の最後の言葉でみっちり詰まっていた。
どうしても行くと言うのなら。
どうしても切るのなら。いい。
わたしも切ろう。あの囁きの悪意に身を投げて。
沈む太陽を掬った海水は、明晩、彼女の人生を没す。
夕日のように激しいこの髪に、似合の末路だろう。
4/7/2023, 10:50:54 AM