秋茜

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“オアシス”

「あ、あの子ね。オアシスだよねー」
 オレが今まで築いてきた人間関係の中で、いちばん関係値が濃いといえるであろう人物が、そう評されていた。何を言っているのかわからないという気持ちが思い切り顔に出たらしく笑われる。納得がいかなかった。オアシスっていうのは、体力とか精神力とかそういうあれこれを、回復させてくれるものだろう。アイツはその正反対だ。だって、オレは、アイツといる時がいちばん忙しい。嬉しいのも、悲しいのも、楽しいのも、怖いのも、痛いのも――ぜんぶ、いちばんなのだから。回復どころか疲れて仕方がない。

「……なあに?」
 ジッとその顔を眺めていたら、困ったように微笑まれた。顔になにかついてる? と強めに頬を擦るので慌てて否定した。なんでもない、なんにもない。すうとその目が細められてドキリとする。
「うそ、だ」
「嘘じゃない! なんもついてねえって」 
「そうじゃなくて」
「わっ」
 子供の戯れのように、あるいは大人の嗜みのように、床へと押し倒される。視線があって、なんだか相手がとても怒っていることに気がついた。
「なにか、隠してる」
 でしょう?
 声は否定を許さずに。心拍数は上がる一方で、いつまでたっても落ち着かない。
 ほら、やっぱり。
 オアシスなんかじゃ全然ない。

7/28/2025, 5:35:08 AM